君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい
罪が何かがそんなに重要なのかい
罪とは、何をもってして罪なのか
「神様の意にそぐわないこと」
それが罪だと、僕は教わってきた
そして、その根源的なものが十戒だと

確かに、十戒に書かれていることはそうだろう
それは、きっと罪なのだろう
しかし、それでも疑問が残る

なぜ神様は人は人を殺してはいけないということにしたのか

全ては神のものだから?
被造物が被造物を殺す権利は無い?
おかしい、ならばなぜ自由意志を与えられているのか

そう、神様の考えていることはさっぱり分からない
というより、今の時代の時点で分かっていてもそれはそれで困りものだ

聖書に書いてあるから罪だというのは、そろそろ止めにしないか
神様の全てが、あんな薄っぺらい本に収まるものなのか
森羅万象全てを創った神様が、あの内容で納まるのか
それについてははなはだ疑問だ

罪は確かにあるのだろう
しかし、それを僕等は知ることは出来ない
なぜなら、神様の想いを完璧に分かる人なんてイエス様以外いやしないのだから

だから、罪がどうだとか言うよりも
何が愛かを探そうよ
そして、イエス様の贖いの本質を探ろう

他人を貶めても、自分の評価が上がるくらい
自分を貶めても、他人の評価が上がるくらい

それなら、貶めるのをやめればいい
何が罪かだとかは、分からないということにしておこう

その方が、まだ話せる



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この虚しさをどこへやるのか
どんなに、幸せに生きていても
どんなに恵まれても
信念により、どんなに自分を肯定しても

どうやっても虚しさはつきまとう
うまくは言葉に出来ないけれども
胸が妙な感じになるのは、自律神経のせい

分かっているけれども、虚しさはすぐそこで笑っている
僕を見ながら、せせら笑っている

綺麗事を吐き
行動が伴わず
自分の過去の過ちを正当化し
他人に妄言を撒き散らす

エゴイストであることを望みながらエゴイストである自分を嫌がる

虚しくもなるさ
だけども、こんな虚しさも僕のもの
嫌なものだけれども、消してしまいたいとも思わない

浸っていると言われれば、確かにそうだろう
だけど、それが悪いとは思わない

明るく生きなきゃいけないわけでもない
豊かに生きたいわけでもない

虚しさも僕の、一部
神様が与えてくれた、僕の一部
それを受け入れること

それが僕にとっての解放
僕にとっての救い
そう考えると、少し嬉しくなる



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ハレルヤと叫ぶ前に、君の存在を喜びたい
そう、ハレルヤと叫ぶ前に君の存在を喜びたい
君が生きている

神様がくれた、一番大切な贈り物
君がいてくれる、生きていてくれる
僕がいる、生きている

僕は孤独じゃない
僕等は孤独じゃない
君は孤独じゃない

なんて、嬉しいことなんだろう
僕らは一人じゃない
一人じゃないんだ

この世界が、僕一人のものじゃなく
君と分かち合える喜び
話せる喜び
共に泣ける喜び

分かち合える、この喜び

全ての「君」にありがとう
生きていてくれて
全ての「僕」にありがとう
生きていてくれて

神様の前に僕等は、共に意味を持ち
共に生きていける

この、悲しい世界に

なんて、嬉しいのだろう


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秋葉原無差別殺傷事件に思うこと
前回、どちらかといえば公的な目でこの事件のことを書いた
だけど、今回は私的な目でこの事件を書きたい

僕は合気道をやっている
去年三段の資格を取り、指導士としての資格も持っている

だけど、僕が実際その場にいて彼からナイフを奪えるのだろうか
短刀術は習っている
ナイフを奪う術は知っている
だけど、それは使えるのだろうか

万が一、うまくいったとしても僕の腕じゃきっと彼の関節を壊すだろう
それは、人を傷つけることになる
力を持っていても使えない

そう、彼に必要な力はそんなものじゃない
そんなものじゃないんだ

必要な力は分かっている
だけど、僕じゃその力は使えない
その力は、彼にしか使えない
彼が、自分で気づいて自分で使うしかないんだ

僕があの場にいたとして
どんなにうまくやっても、彼からナイフを奪うこと以外出来ない
下手をしたら、彼の罪を増やすだけ
あまりに無力

この人間の無力さを
いつか解決できる日が来てくれれば
それだけで、僕は救われる

そう、最近思うんだ
たとえ、地獄に落ちたとしても
きっと、最終的には魂が壊れるだけ
だとしたら、何者にもとらわれずに人の幸せだけを望めばいいと

彼の幸せを願おう
なんでも、いい
誰か彼を肯定してやってくれ

僕じゃ力不足なんだ

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秋葉原無差別殺傷事件
ブログランキング上位の方々が書いていたので、僕も流行りに乗ってみようと思いました。

この事件に対して、「嫌な世の中になった」「若者の価値観が崩れてきた」
はてには、「ゲーム脳」、「オタクの弊害」
などという言葉もちらほらと見受けられる

だけど、僕がこの事件に対しての感想は
「日本って平和な国だな」だ

なぜなら、もしこの事件がアメリカで起きたら?
もし、犯人が銃を持っていたら被害者は恐らく何倍にもなっていただろう
そして、警官がすぐ駆けつけるシステム
応急処置をする秋葉原の人々

そもそも、この事件が話題になることすら、「平和」である証拠だ

そもそも、クリスチャンの方々は誤解していることがある
そもそも、日本の若者の犯罪など増えていない
「神様を知らないから、今の日本の若者のモラルはどんどん乱れている」
と、よく聞くがそれは全くの誤りであるとしか言いようがない

戦後から比べて、少年犯罪は明らかに減少していっている


これは、統計的にもれっきとした事実であり疑いようの無いことである
マスコミが少年犯罪をしきりに流すが、実際のところ犯罪が増えているのは横領のみ
つまり、僕等の上の世代よりも僕等の世代の方が明らかに犯罪を犯していない

それにも関わらず、まるで日本の若者が駄目になっていってるような書き方をするマスコミ
また、クリスチャンは現実を見ていないとしか言いようが無い
それでは、問題ないものを悪く見せて自分達の優位性を説くカルトと同じだ

日本という国の、若者は良くなっていっている
飢え乾いているかもしれない
しかし、それでも犯罪を犯さない強さを彼らは持っているのだ

だから、この国を悪く言うのはやめて欲しい
なぜなら、この国の若者はモラル的に良くなっていっているのだから
凶悪犯罪に目がいってしまい、肝心な部分が見えなくなってしまわないで欲しい
それでは、自分の見たいものだけ見ていることになってしまう

神様がいるとしたら、確実にこの日本は祝福されている
僕は、日本を見たときにそう思う


PS 今回天に召された方のご冥福を心から願います


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