君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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聖書が教える恋愛、結婚
大学三年生の時だったかに、「聖書が教える恋愛セミナー」とやらに参加したことがある
内容は、今の恋愛の価値観の間違い
そして、生涯一人だけを愛する素晴らしさについて語っていた

内容はそれなりに良かったと思う
だけど、僕には納得できないところが多々あった

まず、データと聖書の使い方だ
あまりにでたらめで、これじゃあ僕ならカルト認定だ
例えば「世の中の四人に一人ができちゃった結婚でその内の60%が結婚を後悔しています」みたいなのとか
でき婚じゃない人の統計も出せよ
そして因果関係調べて相関関係調べて5%水準で統計処理をしろ
話はそれからだ

そして、一番気に食わなかったのは
「聖書は一貫して、生涯一人の人だけを愛することを書いています」
っていうセリフだ
そんなわけはないだろう

旧約時代は、一夫多妻制
パウロに至っては、結婚なんてくだらないとさえ言っている
何を持ってして、そんなことを言うのだろう

生涯一人の人だけを愛するのは素晴らしいことだと僕も思うよ
でも、それを適当なデータと適当な聖書解釈で話されてもどうしようもない
頭が良くて、知識がある奴が聞いたら笑い話にしかなりやしない

そういえば、浮気の定義についても言っていたな
僕は、キスをしたら浮気とした
皆はそれに驚いていた
「彼女が他の男と二人で遊んでもいいの?」って

かまいやしないよ
それは人によるだろ?

束縛を嫌う人もいれば、束縛が好きな人だって入る
だけど、それは人それぞれだ
恋愛なんて、どうせ人それぞれなんだもの

聖書を使って、恋愛を紐解くことなんてどだい無理だと思うんだ
そこは、知恵を使うところだろ
もし、素晴らしい恋愛をしているクリスチャンカップルがいたとしたら
それは、きっとその二人が素晴らしいんだよ
それこそ、聖霊様の力かもしれない

もっと、視点を色々使おうよ




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この記事に対するコメント
こんにちは。
時々読ませてもらっています。
「パウロに至っては、結婚なんてくだらないとさえ言っている」とありましたが一重まぶたさんは、聖書のどの部分からそう受けとめられたのでしょうか。
良かったら教えてください。
【2008/08/04 10:02】 URL | かあちゃん #- [ 編集]

一重まぶたさんではありませんが、コリントの信徒への手紙一7:1-16や、7:25-39とか、そのへんではないかと思います。

みんな聖書を読む人は、自分に向けられた言葉と考えて解釈しますよね。でも、コリントの信徒たちにあてた手紙なんですよね、これ。
コリントの信徒達は性におおらかで、パウロからしたら見ていられない性生活を送っていたみたいです。その現状に渇を入れるために、この手紙が信徒にあてられたのです。
そのへんの時代背景も知らずに、聖書のいい言葉を引用する、キリスト教徒の姿勢は、私も嫌いです。


わたしも、聖書の引用の仕方がおかしいことは、
よく思います。パウロでさえ、引用の仕方がおかしいし、マタイの旧約の引用も「旧約聖書読めよ!」と思ってしまう箇所も多いくらいですから。
【2008/08/04 11:21】 URL | アッサム #- [ 編集]

アッサムさん、コメントありがとうございます。
これから教会のキャンプで出掛けますので、明後日帰ってからじっくり読ませていただきます。
【2008/08/04 12:27】 URL | かあちゃん #- [ 編集]

>かあちゃんさん
アッサムさんが先に答えてくださいましたね。
その箇所で合っていると思います。

>アッサムさん
ありがとうございました。
また、パウロは世の終りが自分の生きている間に来ると思っていたので、結婚をくだらないと考えていた側面もあると僕は思っています。
【2008/08/06 01:22】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]

こんばんは。
アッサムさんが答えてくれた箇所から一重まぶたさんもパウロが結婚をくだらないと考えていた面があると感じたそうですね。

そもそもくだらないとは詰まらない 馬鹿(ばか)馬鹿しい 俗っぽい 無意味 無価値などの意味のようですが、私は何度も繰り返し読みましたが、くだらないという言葉はもちろん馬鹿馬鹿しいなどにも変換できそうな言葉は見つかりませんでした。
 あの箇所のどこをとってくだらないと思うのか理解できません。

「その箇所で合っていると思います。」という一重まぶたさんのこの言葉のあいまいさからも、なにかうさんくささを感じました。

はっきり書かれていないことをパウロが言っていたと公言するのは、聖書を良く知らない人や信仰をもったばかりの人に誤解とつまづきを与えるので問題だと思います。

【2008/08/07 00:26】 URL | かあちゃん #- [ 編集]

>かあちゃんさん
 「今、危機が迫っている状態にあるので、こうするのがよいとわたしは考えます。つまり、人は現状にとどまっているのがよいのです」(コリントの信徒への手紙Ⅰ 7章26節)
  「しかし、あなたが、結婚しても、罪を犯すわけではなく、未婚の女が結婚しても、罪を犯したわけではありません。ただ、結婚する人たちはその身に苦労を負うことになるでしょう。わたしは、あなたがたにそのような苦労をさせたくないのです」(同28節)
  「もし、ある人が自分の相手である娘に対して、情熱が強くなり、その誓いにふさわしくないふるまいをしかねないと感じ、それ以上自分を抑制できないと思うなら、思い通りにしなさい。罪を犯すことはなりません。二人は結婚しなさい。しかし、心にしっかりした信念を持ち、無理に思いを抑えつけたりせずに、相手の娘をそのままにしておこうと決心した人は、そうしたらよいでしょう。要するに、相手の娘と結婚する人はそれで差し支えありませんが、結婚しない人の方がもっとよいのです」(同36-38節)

この辺ですよね?聖書の箇所。
パウロを神学的に考えた時に、彼の価値観は世の終りが来るという考えでした。
イエス様と比べても、結婚の価値観の相違があるのが分かります。
イエス様は、結婚を祝福しているのに関わらずパウロの場合そういう意図は読み取れません。
この箇所で書かれているのも、性欲が我慢できないのならば結婚しなさい、と書いてあるにすぎません。
結婚するよりも、独身でいろって言ってるんですよ?
ですので、パウロは結婚においては価値を置いていないと考える事が出来る、と言えると僕は思います、
パウロ自体独身主義ですしね。

僕はうさんくさいかもしれませんが、アッサムさんが示してくださった箇所は合ってますよ。
また、神学的にもパウロが結婚に価値を置いていないことは事実として捉えられているはずなんですが。
【2008/08/07 00:38】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]

「パウロは結婚においては価値を置いていないと考える事が出来る、と言えると僕は思います。」とありましたが、最初からそう書いて下さればよかったのです。
パウロははっきりと言ったわけではなかったのですから。

神学的に考えた時にとありますが、それほど一重まぶたさんが神学的だとはこのプログから感じられませんし、神学的に統一した考えを持たれてはいませんよね。

聖書も全体から読むというより、一部分をとってそこからだけ考えるから、混乱が起きているようですね。
そのような読み方をしていると、都合の良い解釈が色々出来てきますよね。

聖書は神の霊感によって書かれた統一性のある書物です。

マタイ 19:12「 というのは、母の胎内から、そのように生まれついた独身者がいます。また、人から独身者にさせられた者もいます。また、天の御国のために、自分から独身者になった者もいるからです。それができる者はそれを受け入れなさい。」
とあるように、パウロは自分から御国の宣教の為に独身者として献身しました。

だからと言って結婚を価値の無いものとしてはいません。
なぜならパウロが主とも神とも呼ぶイエス様は結婚を祝福しているからです。
パウロが主イエス様のしもべと自分を呼んでいるのに、イエス様と別の価値観を持っていると思われますか?

しかも、神の言葉としての聖書が結婚についてバラバラな事を言っているとお考えですか?
聖書は結婚についてしっかりとした真理を語っています。

本当は一重まぶたさんが結婚はくだらないと感じているのではありませんか?
でも私達の祖先が、神様の制定された結婚というものを通して、私達をこの世に生み出して下さったのです。

結婚がなければ私達も存在しなかったかもしれません。

私は既婚者ですが、結婚によって本当に多くの祝福を神様から頂きました。


【2008/08/07 01:59】 URL | かあちゃん #- [ 編集]

>かあちゃんさん
言い換えれば、くだらない、としても問題が無いと思いました。
実際、パウロの思考を考えた時に僕はそういう風に感じました。

そして、パウロは一部ではイエス様と違う価値観を持っていると思いますよ。終末思想なんて特にそうじゃないですか?
また、僕は聖書が神の霊感によって書かれた統一性のある書物とは、全く思っていません。
仮に神さまの霊感によって書かれていたとしても、整合性が全くとれていません。
結婚に関しても、言ってることがばらばらです。
また、かあちゃんさんが挙げられたマタイ 19:12は、弟子達がイエス様に結婚の話を聞いたときにイエス様が答えたことで、今回のパウロのこととは関係が無いように思えます。
そのように捉えてしまうと、正に聖書の「勝手な」解釈となってしまうと僕は思いますよ。

そして、結婚し家庭を作り、子供を産み育てるのは何よりも素晴らしいことだと思っています。
問題なのは、その価値観を聖書「のみ」で行なうことです。いや、むしろ聖書ではなく聖書を切り貼りして使う、姿勢が問題だと言っているのです。

ああ、あと僕は神学的にはどれかというと万人救済説派です。
ただ、その他にも心理学、哲学の観点からもキリスト教を見ています。
【2008/08/07 02:34】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]

一重まぶたさん、おはようございます。

言い換えはその人が「言った事」とは別物ですよね。

もしこれを人間関係の中で一重まぶたさんが使ってしまったら、誤解と混乱を生じさせあの人は言ってもいないことを言いふらす人とレッテルを貼られることになります。

もし一重まぶたさんがパウロに会う事があったら「俺そんなこと言ってないぞ」と叱られると思いますよ。

一重まぶたさんの信仰の背景がだんだんわかってきました。

一度その思考を脇に置いて、神様が一重まぶたさんを大好きで愛していて、これを一重まぶたさんの為に書いたラブレターだと信じて聖書を9読んでみませんか?

私が聖書を開くのは、神様がすべての聖書箇所から、私に語り教えて下さるから。
もし私がこれはコリントにあてて書かれたものだからと考えたら、コリントは自分の為には読む必要もなくなると思います。

その観点で聖書を読んで何度も通読をしていると神様が教えて下さる結婚観、価値観、神様の愛、許し、救い等が統一的に見えてきますよ。

一重まぶたさんに、神様の平安がありますように
【2008/08/07 08:20】 URL | かあちゃん #- [ 編集]

>かあちゃんさん
ですから、何度も言うようにパウロは結婚を価値の無いものとして、とらえていましたよね?
それは、かあちゃんさんが示してくださった{くだらない}の条件の中に入っていますよ?

また、聖書を神さまが僕にあてたラブレターとして読んだことはあります。昔はそうでした。
しかし、そのような歴史的背景、そして文化的背景を無視して聖書を読むのは、偏った思想を生み出しひいてはカルトを生み出すものだと僕は、思います。
むしろ、歴史的背景、文化的背景を知らずに聖書を読む方が僕は、神さまをないがしろにしているとしか思えないのですよ。
統一的に見えるのは自分の中で取捨選択をしているからだと思います。
【2008/08/07 12:22】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]


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