君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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人を壊すための技術
以前も書いたが、僕は合気道をやっている
やり始めたきっかけはただ強くなりたかったから
地下鉄を歩くときに、不良にびびりたくない
そんな程度の思いだった

そうして、合気道を続けていくうちに僕は強くなった
人の効率的な投げ方
壊し方
力加減
それらが、人より分かるようになった
うぬぼれではなく、それは確実に

現に、僕は練習中に相手の指を折り
試合中に相手の鎖骨を折ったことがある
そして、僕自身も練習中に二回じん帯を切る怪我を負わされた

こうやって、相手を壊す術を学ぶのは神様の目から見たら愚かなことなのだろうか
個人的には、そうは思わない

人を投げたり、壊すためには人の体を理解しなきゃ出来ない
そして、表情、体の動きから人の思考を理解しなくちゃならない

奇妙な話だけど、相手に勝つためには相手を理解しなきゃいけない
ただ、闇雲に相手を否定しようとも人は投げることが出来ない
人を壊すことが出来ない

僕は、優勝をしたことがある
そこにあったのは、少しの満足感と飢え渇き

もっと、「強くなりたい」
その想いが大きかった
勝つためではなく、ただ強くなりたい

そう、強いとは理解すること
理解するということは受け入れること

それが、強さの本質だということに僕は気がついた
武道の本質はそこにある

人を壊すための技
それは、ただ壊すためだけに存在するのではない
なぜ、この世に武術が存在し今も受け継がれているのは
本当の強さを手に入れるため
少しでも、神様に近づくためだということだと
僕は思う



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【2012/04/05 03:26】 | # [ 編集]


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