君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶた

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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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今日したいことを、今日出来るわけじゃない
クリスチャンとして、生きてきて20年ほど
やりたいことがたくさんある
困っている人の力になりたい
泣いている人の励ましになりたい

そんな思いも、未だにうまくなしとげられない
むしろ、僕が困っている時に力になってもらい
僕が泣いている時に、励まされていることばかりだ

想いを行動に、移せる力が無い
そして、毎日の中でその力を養うことすら満足に出来ない
日々、自分の無力感を噛み締めながらニュースの中で、死んでいく子供達を見ている

何も出来ない

10代の頃は20代になれば、自分は大人になれるのだと思っていた
20代になった今社会人になれば何か出来るのではと期待している
このジレンマはきっといつまでも続くのだろう

自分に何か出来るかと思い
献血に毎回参加し
後輩の悩みの相談に乗り
日々の生活では、場を笑わすために馬鹿なこともする

だけど、それじゃあ人は幸せになれないんだ
その人が自分の人生を幸せだと思えるための何か
それを持ち合わせていないし、伝える術を持っていない

金も無い
知識も足りない
見目麗しい容姿も無ければ
相手を屈服させる弁論の才は、放棄した
持っているのは、心の中にある想いだけ

今この一瞬にも、飢餓で死ぬ子がいる
幸せという、感覚を味わったことのない子供達が死んでいく
病魔に蝕まれ、絶望の中人生を終えようとしている人がいる
満足を得ないままに、人生を終えようとしている老人がいる

なぜ、自分には何も出来ない
想いがあるのに
なぜ、自分には何も出来ない

だから、それを探して人と話す
キリスト教だけでなく、哲学にも手を出した
仏教の教えに心を動かされ
それでも、キリストの救いにしがみついている

変わってしまった信仰
知識を蓄えれば蓄えるほど、増えていく無力感
それとは、反比例して確固たるものになる想い

それでも、努力は続けよう
今日したいことが、十年後に出来るようになるとしても
十年後にしたいことが三十年後になろうとも

全世界の人が幸せになる道を信じる気持ちだけは、捨てれない


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