君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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祈り方を忘れた日
先日母が救急車で運ばれた
具合が悪くなり、病院に運ばれた
僕の目には涙が溢れ、気が気じゃなかった
病院について、母が検査室に入った後は僕は待合室で一人だった

僕は思った
神様、母を連れて行かないでくれ
まだ、連れて行かないでくれ

だけど、色々なことが頭をよぎるんだ
これが神の意思だとしたら
そもそも人間は死ぬものなのだ
ここで母が死ぬのだとしたら、僕はそれを受け入れなきゃいけないんじゃないか?
いろいろな考えが頭をよぎる

祈り方が分からない
そう、今まで祈らないようにしているから祈り方を忘れてしまったいた
だから、僕は漫画の科白を頭の中で自分に言い聞かせた

「抗うな、受け入れろ、全ては繋がっている」

そうだ、母の死を受け入れろ
抗うな
全ての物事は繋がっている
作るんだ、自分を
心から愛してくれる人間がいなくても大丈夫な自分を作るんだ
僕は自分にそう言いきかせた

ある人は、そういうのは神に委ねろと言うかもしれない
だけど、僕は自分でそういう自分を作った
そしてそれが正しいことだと僕は思っている

寂しさ、苦しさ
そういったものからの解放は僕はいらない
それら全てを胸に抱えて生きていたい
そうしないと僕は、優しくなれない
そうしないと僕は、人を愛せない
一番怖いのは、寂しさや苦しさに押しつぶされることじゃない
人を愛せなくなることが怖いからだ

幸い母は何事もなくすんだ
僕は、神様に感謝した
祈り方は分からない
だけど、さすがの僕でもありがとうは言える

神様、本当にありがとう
覚悟はしていても、嬉しい
何よりも母が生きていることが嬉しい
ありがとう
神様、本当にありがとう

あなたから見たら、僕は間違っているのかもしれない
僕は自分が正しいか、間違っているかすら分からない
だけど、僕は人の幸福を望む
誰一人、否定したくない
全てを肯定したい

だから、神様
母が召されて、僕も召された時
僕が間違っているかを教えてください




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