君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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弱くあれ
僕の好きな御言葉はヨシュア記だった。
「強く、雄々しくあれ」
そう書かれている言葉を実行しようとしていた。
強く、雄々しくありたい気持ちは今も持っている。
雨やら風やらに負けず、困難に挫けずに真っ直ぐ歩く。
そして、背中で人生を語れるような人間になりたいと今でも思う。

自分自身に誇れるものがあった学生時代を思い出す。
僕に反発する人間も多くいたが、僕を慕う人間もいた。
その名残が今でも残っているからなのか、時折ふとした違和感を感じる。
今の自分はこれほどまでに弱いのに。
何故にこれほどまでに自分を誇らしげに語れるのだろう。

強く、雄々しくあることはきっと間違ってはいない、決して間違っていない。
そういう人間が世の中には必要なのは間違いない。
そういった人に救われる人間もいれば、憧れ努力しようとする人間もいる。
それは正に神様の栄光の一つを表していて、とてもとても素晴らしいことだと思う。

ただ、僕は今弱くありたい。
雄々しくなることにも躊躇われる。
強くあろうとする僕は、僕自身を偶像化してしまう。
自分の言葉を魅力的にし、それを信じる者を信者に変えようとする。
そういった安堵の中に身を任せて、自分自身の反対意見を押し潰す。
人の意見を聞かず、中心にあるのは自分自身。
そんな自分になるのがひどく怖い。
いつだって、そうなりかける自分が嫌になる。

敗北者になりたい。
勝利することは誰かを負かすことになる。
悪魔とやらに勝利するのならまだいいが、相手が人間ならば勝利は意味を成さない。
相手が僕を敗北者と思うようであればいい。
僕は何にも負けていないし、そして勝ちもしないから。

優しくなりたい、思慮深くなりたい。
そうさ、僕は優しくなりたいんだ。
弱い人間の気持ちを分かりたいんだ。
いつだって、いつだって、優しくありたいんだよ。
だけど、僕の心は傲慢な程に強い部分があって、人の痛みが時として分からない。
だから、弱くあれ僕の心よ。
少しのことで心を痛め、泣きだしそうになっておくれ。
くよくよと悩むんだ、将来を不安に思い夜も眠れなくなってしまえ。

震える足でありながら真っ直ぐに立っていたいんだ。
弱さを隠さずに、へらへらと笑っていたいんだ。
誰に傷つけられても、罵られようと平気でいたいんだよ。
そして、同じように傷つけられた人の横で笑い話をしたいんだ。
だから、弱くあれ僕の心よ。
苦しめ、僕の魂よ。
そして、いつしか優しくなれますように。



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