君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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疑うことを知らない信仰は、まるで偶像を礼拝するかのように
この世の中に何か確信めいたものが欲しいのだろう。
神様が私たちを愛しているだとか、そういったことの確信が欲しいのだろう。
聖書を必死に読み込み、自分の信仰に合致する個所を心に留める。
礼拝を守り、賛美し、祈り、奉仕し、成長しようとする。
いつか、この信仰群が世界を変えるものだと信じている人たちもいるだろう。
キリスト教会の特に福音派はそんな傾向が強いように思う。

仏像を偶像礼拝とし、神社を偶像礼拝とする。
仏教、神道、イスラム、ヒンドゥー、その他諸々の宗教達。
その全てを悪魔の手先と捉えて、神様に従っているのは自分達だけとする。
真実という剣を手にしていると思っている君が握っているものは一体何なんだい。
確信めいた物の言い方で、神様の救いやら愛を説いているのを見るのはうんざりなんだよ。

分かるんだよ。
確信めいた物の言い方をしないと、人なんてものは集まらないなんてのは。
自信満々に見せないと、魅力的に映らないなんてことも分かっている。
だけど、僕には分からないのがなんだってそんなにも矮小な君が真実を知っているだなんて
堂々と言えるかってことなんだよ。

僕らの脳みそは神様が創ったはずのこの世界すらよく分からない。
君に超ひも理論が理解出来るかい、僕には出来ないよ。
散逸構造論を説明しろと言われたってさっぱりだ。
だから、神様がいるとしたら何を考えているかだなんて聞かれてもさっぱりなんだよ。
僕は聖書が本当だと言うことだなんて、とても言えないのさ。
せいぜい言えるのが、信じていると言うことだけさ。

だから、キリスト教を真実だとか言うやつらが理解できないんだよ。
確信を持って動いている奴らの気がしれないんだ。
真実を証明することすらできない人間が自信を持って確信を持って話している。
僕には、それが健全だとは思えない。
あまつさえ、他の宗教を否定していたとしたら何様だと思うね。
君の心の中にある神様を、「君の心の中にある神様」を信じている君が。
疑うことも知らずに、神様を自分という枠の中に閉じ込めている君が。
よくも、他宗教を偶像礼拝と呼べたものだと感心してしまうんだ。

疑うことを知らない信仰は、まるで偶像を礼拝するかのように神様を見えなくする。
疑うことを知らない信仰は、結局のところ自分の知恵だとか知識や経験を信じているだけなんだよ。
確かに、他宗教を否定しなければ成り立たない信仰なのかもしれないが。
真実が分からないから「信じて仰ぐ」のだろう。
ならば、僕らが誰かを否定することなど出来るはずもない。

だから、僕は疑うことを知らない信仰を嫌悪する。
キリスト教以外の価値観を否定することを嫌悪する。
それは、自分たちの価値観が絶対にしている。
つまるところ、自分の知識・知恵・経験・決断を絶対としている。
そんなものは自分を偶像とした信仰だ。
僕は、そう思うよ。



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