君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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零れ落ちる
僕の手のひらには色々なものが乗っていた。
夢や希望、輝かしい未来に自尊心、人への優しさや高貴な理想。
握り締めて生きていくと思っていた、信じていた。
僕は、ずっとこの素晴らしいもの達を手に生きていくものだと疑わなかった。
立派な人になり、そして人のために働ける人間になるのだろう。
そんなことを本気で考えていた。

この気持ちを持っていれば、世界平和も叶うはずだ。
出会う人を片っ端から幸せにしてやるんだ。
人に優しく、正しく、そして清く生きていこう。
僕は、そんな人間になりたかった、なれなかった。

最初に零れ落ちたのは何だったのだろう。
理想は直ぐに消えうせた。
過ちを犯した自分に対しての絶望は妥協を生んだ。
僕は立派な人間になることを諦めた。

夢も希望も零れ落ちていく。
世界平和と声高に叫んでいた自分が嘘のようだ。
疑ってすらいなかったんだよ。
この世が平和になることを疑ってすらいなかったんだ。

それがどうだ。
僕自身が人を陥れて自分の地位を守ろうとしている。
自分を失うことすら躊躇う僕に、一体何が救えるのだろう。
既存の物事に対する反骨心は、空の彼方へと消えた。

今の僕には何が残っているのだろう。
日々の雑務をこなすだけの存在の様な気がする。
過去からの螺旋に縛られている社会に雁字搦めになっている。
僕はそれだけの存在で、既存の物事を打破出来るような人間ではなかった。
と、少なくとも今の時点では思っている。

なのに希望を失わないのは心の中に愛を感じるからなのか。
時折、本当に時折だけれども心の中に暖かいものを感じる。
それを愛と呼べるのならばどれだけ嬉しいことなのだろう。
僕の心の中にもまだ愛があるのなら、それだけで、それだけで。
絶望から一歩だけ足を踏み出すことが出来る気がするんだ。

零れ落ちていったものはたくさんある。
だけど、その全てのものが無くなっても愛は残ると思う。
その愛だけが僕に力を与えて、明日を生きさせてくれる。
その愛だけが零れ落ちたものとは別の希望を僕の胸に湧き上がらせてくれる。

ありがとう。
まだ、そう言えるんだ。


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