君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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別々の人生を生きている
僕らは一人ひとり違う人生を送っている。
例えば、僕はサラリーマンであるけれども。
サラリーマンが皆同じような人生かと言われればそうでもない。
一人ひとりが違い、一人ひとり別々な人生を歩んでいる。
それが当たり前なのだと知った。

クリスチャンの家庭に生まれて教会に通っていた。
クリスチャンの幼馴染達と同じ方向を見て、同じ道を歩んでいた。
途中から道を違えて、思想を違えて、行動を違えた。
模範的なクリスチャンになった人間もいれば、才能を生かした人間もいた。
勉強がとても出来る人間もいた。
そして、僕は平々凡々に生きている。

妬み嫉み、羨ましいと思うこともあった。
同じような人生を歩んできたはずが、理想を追い求める道を歩む友達が。
ひどく、ひどく羨ましいと思ったこともあった。
自分がなにか大きなことする人物だと思っていたこともあった。
現実は難しく、矮小な自分に気がつくだけだった。

日々の雑事に一喜一憂しては、頭の中から神様が消えていくような日々を送っている。
別の人生を遅れたら、宝くじでも当たればなにか変わるのかと問いかける。
空想の世界では、自分はこんなにも強いのに。
現実の自分には、何も無いと思ってしまうのだろう。

別の人生を歩んでいる人間も苦労していることは分かっている。
僕には分からない段階の緊張感や疲労感を得ているだろうことも。
憧れているだけの僕とは違う疲労があるのも知っている。
僕は今生きている、この人生を歩めていることに感謝しなきゃいけないはずなのに。

本当なら他人の人生も僕の人生も認めてやれればいいのに。
未だに無駄な自尊心がそれを許してはくれない。
時間なんてものは無常に過ぎ去っていくのに。
いつか今あるこの気持ちなんてものは氷解していくはずなのに。
僕は凝り固まった気持ちをどうにも出来ていない。

ひどくつまらないと思う毎日と、死んでしまえと呟く心の声。
自分以外の人間がやけに幸せそうに思えてくる。
そんなことは無いはずなのに。
誰もが不幸で誰もが幸せなはずなのに。
いつだって、いつだって苛まされるのは自分自身の無力感。
誰も救えないこの無力な手、無気力な心、不動の足。

別々の人生を生きている。
だけど、交わらせたかった。
それも、無理な話だった。
なぜだろう、ひどく悲しい。



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