君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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大切なものとそうでないもの
人それぞれによって大切なものは変わってくる。
例えばクリスチャンは命と貞操をとても大切にしたりする。
だけど、暴力による罪をあまり重要視したりはしないこともある。

昔はヤクザでした。今もカッとなって人を殴ってしまいます。
いいんですよ、あなたはそのままで受け入れられているんです。
一緒に頑張っていきましょう。

昔は風俗で働いていました。今もつい誰かとセックスをしてしまいます。
それは、教会に悪影響を及ぼします。
その癖を直さない限りは教会に来ないで頂けませんか。

どちらも現実にあり得る話で、あり得た話だと思う。
現在進行形のアルコール依存症の人は教会に来れる。
だけど、セックスを日常的に行っている人はあまり来れない。
それは大切なものとそうでないものを無意識的に分けてしまっているからだと思う。

そういった社会の中でも多くあって。
別に貞操はそこまで大切では無くて、人とどれだけ話せるかが重要になってくる。
どんなに誠実でも、どんなに優しくても。
それを表現する術を持っていなければ無能とされてしまう。
そんな世界もまた悲しくて、辛かったりする。

この世の中に大切でないものなんて何一つ無いのに。
この世の中に繋がっていないものなんて何一つ無いのに。
僕たちの脳みそや心はそれを受け入れることが出来ずに優先順位を決めたがる。
思えば、それが神様にとっての一番の罪なのかもしれない。
そんな風に思うよ。
だからこそ、僕らは罪人の集まりで全ての人が仲間になりえるのかもしれない。
僕らは何一つ変わらない。
僕らは単なる罪人だ。

信仰こそが一番大事だと嘯いてみたりする教会も腐るほどあって。
一番大事なものの基準を聖書に求めてみたり。
自分たちに都合の良い結婚観を、そんなこと書いていない聖書を根拠に使ったり。
キリスト教徒も何よりも大切なものを忘れて生きていることもしばしばだ。

子供を信仰の鎖に繋ぎとめるために学校に行かせなかったり。
神様から離れると地獄に落ちると脅してみたり。
この世の娯楽を悪魔的だと否定してテレビすら持たなかったりする。

頭が狂っているのは僕たちなのか、それとも世の人なのか。
何を大切にするかで世界は二分され、断絶の壁を築きあげる。
そして、壁を壊そうとする努力は一切せずに壁の中の人口を競い合う。
たとえ、全ての人間がこちら側の壁に来たとしても依然として壁は残る。

自分の中に大切なものを創りだしてしまうとそれを誇ってしまう。
僕たちが誇るべきは神様のはずなのに。
その全ての創造物の中の一部だけを取り上げて大切にすることは正しくないのかもしれない。
僕たちは全ての物事に神様の御手を感じないといけないのかもしれない。
だけど、そんな現実的には不可能で。
僕たちは未だに暗い闇の中を歩いている。
いつか、その霧が晴れますようにと少し祈って今日も眠ろう。



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