君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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言われたい言葉と反発する心
生きてていいんだよ。
君は愛されているんだ。
君は大切な存在なんだ。
幸せになっていいんだよ。

そんな言葉をいつだって待っている。
誰かに言われたくて言われたくて心が泣いている。
だけど、そんな言葉を掛けられてもきっと反発するんだろう。
僕はこんなにもひどい人間なんです。
こんなにも汚い人間なんです。
そもそも無条件の愛なんてものは人間同士では不可能なんだ。
じゃあ、君の言う無条件の愛なんてものはどうやって感じるんだい。
そんなことを言って、必死にその言葉に対して反論しようとする。

だけど、心から望んでいるのはその僕の反発を超える言葉。
超える何かを心から待ち望んでいる。
そんなものに出会ったことは無いんだけれども。
僕は、そんな言葉をいつだって待ち望んでいるんだよ。

僕の中には答えは無いから応えてはくれない。
命を懸けるほどの夢も希望も、そして信仰すらない。
神様の愛と散々と言われてはきた。
僕は辛いことがある度に合理的な説明をしようとしてきた。
今の理不尽な状況と神様の愛との整合性を必死に取ろうとしてきた。
だけど、もう限界なんだよ。

片一方では、僕には訪れない神様の奇跡が溢れている。
僕にはその軌跡の一片すら見いだせずに、不満と不安の中にいる。
誰かはこの世での救いを享受しているのに、僕には死後の救いがあるばかり。
なぜ、差が出るのだろう。
信仰にも愛にも、世の中の成功具合だとかにも、差が出てしまうのだろう。
幸せに生きているはずなのに、他人の幸せを妬むようになってしまう。

自分の中にある確固たるものなんて、社会には認められず。
ひっそりと心の中で根を張り、少しばかりの枝になって。
わずかばかりの支えとなっても実を結ばない。
なんで、こうなってしまったんだろう。
絶望しない代わりに、希望すら持てなくなってしまった。

君に言いたかったんだ。
生きてていいんだよ。
愛されているんだよ。
大切な存在なんだよ。
幸せになっていいんだよ。
誰にでも、傷ついている人に言いたかったんだ。
それが答えだと思っていたんだ。

でも、こうやって真っ暗な中にいると分かるんだ。
その答えなんてものはとても灯台のような光にはならないんだ。
欲しいのはそんな言葉じゃなくて、もっと別の何かで。
でも、それが何なのか分からなくて。
それが、ひょっとして信仰だったりするのかなあ。

辛いよ、とても辛い。
どう生きれば正解なんてものが分からなくて。
でも、幸せに生きたくて幸せに生きて欲しい。
そのためにどう生きればいいなんてものも分からなくて立ち止っているんだ。
神様、僕は間違っているんですか。
どうすれば、正しい道を歩けるんですか。

また始まる明日に脅える日々なんてものは真っ平御免なんだよ。





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