君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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真面目に生きる見返りなんてものは無くて
社会的に真面目に生きてはいる。
犯罪には手を染めていないし、仕事もしている。
人当たりは悪くなく、友人もいて、恋人もいる。
だけどもだからと言って、その結果何かご褒美が待っているわけでもなく。
災難は、いつだって理不尽に降りかかる。

悪気なく人を傷つけ、悪気なく人を陥れる。
そして、その報いか何かは知らないが自分自身にも不幸は訪れる。
心は沈み、償いの仕方も分からなくなる。
体を傷つけ、心を傷つけ、それでも社会にいる限り笑うことすら強要される。
自分の心の内すら分からなくなり、どの方向へ足を運べばいいのかも分からない。

誰を大切にすればいいのか、何を大切にすればいいのか。
大切なものが多すぎて、自分自身の迷う心が多すぎて。
一つしかないはずの体があちらこちらへと向こうとして、いつの間にか元いた場所へと戻っている。
確かに一歩進んだはずなのに、また逆向きへとまた一歩。
あちらへ一歩、こちらへ一歩、そっちへも一歩、やっぱりこっちへ。
そんなことばかりしている内に、一年は過ぎていく。

どこかへ向かうことも出来ずに、傷つけた人だけが増えていく。
日々、罪深くなっていく僕すら救われているはずなのに。
何も出来ない自分のせいで、無邪気には喜べない。
たとえ、免罪符を手にしても心の罪悪感は消えずに自己否定の芽は育っていく。

苦しみすら糧に出来る人間を羨み、明るい人間を嫉む。
後ろを向きながら、逆向きに歩けば前へ進めるはずだと自分自身に言い聞かせても。
何も見えない僕の足はいつだって、何かに躓いている。
答えが見えない道に与えられた試練にとやらに応えようとしても何もなく。
惰性にすら出来ない不器用さでこの人生を過ごしている。

何が出来るのか、何を残せるのかと考えても何も思い浮かばす。
自分自身の人生を豊かにしようと考えても、希望は持てず。
死後の世界には天国が待っていると言われても、しらけてしまい。
イエス様の慰めすら、よく見えなくなっていく。

真面目に生きる理由なんてものはこの世の中には無くて。
運で決まるようなところが本当のところで。
僕たちはこの世界で、そんな運で決まっているはずの何かに名前をつけてはありがたる。
才能、努力、工夫、そんな言葉でごまかそうとする。

僕達に残されている希望は愛だけだというのに、いつだって運を求めようとする。
いつだって、自分自身だけが愛されたいと願ってしまう。
真面目に生きていれば、いつかそれが手に入ると思い込んでしまって。
結局は、何も手に入らない。
この世に残るものは全て灰になってしまうのに。
僕たちは、灰になる前の何かに希望を抱いてしまう。

人間は愚かだ。
だからこそ尊いのかもしれない。
僕には何が出来るのだろう。
僕には何も出来ないのだろう。
そんなことはどうでもよくて。

さあ、明日からの身の振り方を今日も考えよう。



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寒くなってきたし…
【2011/12/09 04:56】 URL | ようか #- [ 編集]


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