君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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北海道在住のクリスチャン
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自分の無力さを再確認する時に
何日も何日も悩んでいた。
自分が犯した罪の意識に苛まされていた。
そんなことが何の意味も持たないことも分かっているのに。
自分が高潔な人間だとでも思っていたのかと今さらながらに思う。
同じことを何度も悔いて、自分の選択を悔いて。
過去に戻れるものならと何回考えたのか。
でも、今過去に戻っても何も変わらないと感じた。
僕は、すがすがしくなるほどに無力だ。

人の意識を変えれる分けでも無く。
誰かを説得出来るほどの話術も権威も無く。
僕には何も無いんだ。
人を救うだとか、人に道を示すだとかそういったことに必要な能力が。
謀略や策略なら得意なのにと、嫌気が差す。

だけど、思い出したんだよ。
この無力感をずっとずっと感じていたってことを。
最近の自分の幸せは、僕を日和らせていた。
満たされた気持ちが、自分自身の無力さを忘れていた。
それどころか、過信していた自分に吐き気がするよ。

僕は、無力だ。
それは疑うことが無いほどに。
僕の話や意志や魂や知識なんてものは。
他人にとって、とてもどうでもよくて。
僕が願う世界平和なんてものは案外どうでもよくて。

だけど、思えば僕は周りが笑っていないと楽しく無い人間だった。
四六時中、しかめっ面がある場所なんてものは大嫌いだ。
周りに笑顔が欲しかったのだけれども、僕は結局誰かの笑顔を奪っている。
無力さを超えて有害なのかと思うけれども、僕はまだ生きている。
無力さを噛締めながら。

自分の無力さを再確認する時に、自分が凡人であることを思いだす。
僕は天才なんてものではなくて、とても凡人で。
だから、僕は凡人の気持が分かるはずだと言い聞かせなおした。
そう、僕は話を聞けば良かった、怯える膝を奮い立たせる勇気があれば良かったんだ。
自分が何も成し遂げずに死ぬのが、ああ、とても怖いよ。
だからこそ、僕は誰かと話せるような気がしたんだ。

もう話すことも出来ずに、終わってしまった人たちもいるけれども。
僕は色々な人と話すことにしよう。
きっと、心が触れ合える瞬間があるはずんだと思うから。
その瞬間をいつだって忘れないように、憎悪の心で曇らないように。
僕はいつだって、自分自身を悪党とすることで均衡を保つ。
そんかことに価値は無いのだけれども。
僕は、もう二度と暴力は使いたくないから。
僕は、悪党のまま何もしないように生きたい。



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この記事に対するコメント
「人の意識を変えれる分けでも無く。」

少なくとも、僕の意識は、あなたのこの文章によって変えられました。

ありがとうございました。
【2012/05/28 13:50】 URL | #- [ 編集]


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