君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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生きろ、紡げ、例えそれが無駄だと思っていても
うまくいかない。
そんな言葉が頭の中を駆け巡る。
現実逃避が上手くなる度に、時が経つのが早くなる。
何かをしていれば、自分が生きていても良いと思うけれども。
それでも、時折訪れる言いようの無い無力感と焦燥感と虚無感は容赦をしない。
どうしようもない井戸の中で足掻く蛙の様に妄言を吐き続けている。

こんなはずじゃなかったんだときっと何年後かに言っているのだろう。
思ったよりも無かった自分の能力と心の気高さにいくらでも絶望するのだろう。
そんな分かり切っている人生を歩んでいるはずなのに。
ひたすらに、言葉だけは吐き続ける行動が伴わない偽善者になろうとしている。

無駄じゃないんだ。
何一つ無駄にはならないんだ。
だから、いいんだ。これでいいんだ。
そうやって自分を慰めようとしている。
これから先、何百年後かに例えば世界が平和になったとして。
それが君がいて、僕がいて、誰かが欠けても成り得なかった世界だと知っている。
そんなものはカオス理論にでも基づけば簡単な話なのだけれども。

本当は欲しいのは他人からの称賛、自分からの称賛。
そんなものを欲してしまえば、社会に蔓延る価値観に塗れてしまう。
実績を作れば、功績を残せば。
そんなものとは無縁な無償な愛の庇護の下に育ったはずなのに。
僕は教会の子供として育ってきていたのに。
いつの間にか、嫌いだったこの世の大人になっている。

本当に、本当に人間って奴は救いようがない。
実感を伴う体験ばかりだよ。
これは、確かにイエス様が十字架に架からなければ救われない。
そんなことを思う。
どんな言葉だろうと、万能だなんてことは無くて。
人それぞれの個性と罪とが爛々と輝いているんだよ。

誰もが変わらず汚く、罪深い。
まるで生きる価値が無いと思うぐらいに。
お互いに傷つけ合う。

だけど、未だに虚勢は張れる。
生きろ、紡げ、例えそれが無駄に思えても。
無駄だとしても、うまくいかなくても。
それが当たり前の世界なんだもの。
無駄なことに費やす人生も悪くない。
そう思って、生きていこう。






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