君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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誰もが辛い思いをしている
僕は生きるのが辛い。
毎日が辛いことの連続で、人との軋轢や確執に苛まされる。
何を持って行動すれば正解なのかなんてことは分からない。
ただ、ひたすらに社会から成長と希望通りの行動を期待されている。
レールから外れることを恐れ、自己を見失い、信念すらも薄れる。
辛いことの連続だよ。

僕が辛い原因なんてものは、きっと分かっていて。
この人がいなければ、あの人がいなければ。
そんなことを思いながら、頭の中で悪人を創り出していく。
自分の中にある罪を忘れ、責任を他者に押し付け、そして自分自身を優しくしようとする。
一片の欠片も優しくないはずなのに。

いつだって気分は被害者さ。
社会から虐められている振りをしながら好き勝手。
生きたいように生きているはずなのに、涙は止まらない。
帰りの車の中で真面目に人生を憂うようなこともする。
僕は自分のことを可哀想な人間だと憐れんで。
他の人間を愚かな人間にしようとする。

だからなのかもしれない。
いつだって見ないようにしている。
誰もがきっと自分と同じような思いをしていることを。
いつだって誰だって辛い思いをしていることを。
いつだって誰かに辛い思いをさせているかもしれないことを。
いつだって見ないようにしている。

そうさ、自分が一番の被害者になりたいのさ。
自分が世界で一番不幸な顔をしたいのさ。
だけど、そんなことは実際には無くて。
それぞれがそれぞれの辛さを感じている。
そいつを認めてしまえば、優しくなれるのかもしれないけど。
そんなものを認めてしまえば、まるで自分の辛さが否定されるような気がするんだ。

だけど、現実には誰もが辛くて。
その辛さも人それぞれ違っていて。
心に重荷を抱えて誰だって生きていて、誰もが自分と同じように
現実に抗いながら、日々を生き抜いているんだ。

そんなことを分かっているはずなのに、他人を羨もうとする。
愛することを忘れて憎もうとする。
誰かが自分よりも幸福そうにしているのが許せなくて。
自分の価値観に合わない幸せを享受している人間を心の中で断罪したりする。

そんな、くだらないけれども大切な自己防衛の機能に振り回されて。
また、他人との軋轢が広がっていく。
そんなことには飽き飽きしているんだ。
幸せだとか、辛いだとか、善だとか、悪だとか。
そんなことに縛られずに人を愛することが出来ればどれだけいいのか。
どうせ、皆が辛い思いをしているんだ。
ただひたすらにお互いを愛することが出来ればいいのに。

愛することが出来ないから辛いのに。
なのに求めてしまう。
愛することもきっと人間に出来るはずだと信じて。
僕は、汚れた心と体で生きていこう。





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