君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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舞台の照明に照らされていなくても
どこにいても、同じことが起こるんだ。
目立つ人間と目立たない人間の差が起こる。
舞台の照明に照らされる人間と、それを支える人間。
それを傍観する人間と、そもそも劇場に入れない人間。
誰もが、舞台の上で照明を浴びたいと考える。

教会に来れば、誰もがそういった立ち位置になれるように言う人もいる。
だけど、現実には歌がうまい人、話がうまい人、何かを待っている人。
彼らに照明は当てられ、賛辞の声が湧き上がる。
求めても、求めても、手に入らないもの。
そんな気持ちは教会に行こうが、どこに行こうが付きまとう。

与えられた才能を活かせる人間なんてものはほんの一握りで。
信仰があれば、自分が持っている能力を開花させることが出来るなんていうのは。
実際のところ、出来ない誰かなんて言うのは確実にいるんだよ。
まるで、信仰さえあれば誰もが経営者や、リーダーになれるなんて言う言葉がある。
だけど、全員がリーダーになるなんてことはあり得ない話だと思うんだよ。

舞台の照明に照らされなくても、その手伝いを出来なくても。
ただ、傍観していても、劇場に入っていなくても。
別にいいじゃないか。

与えられた能力なんてものは、大抵の人間にとってはちっぽけなもので。
才能の差なんてものはどこに行こうと付きまとう。
自分より能力が上の人間は腐るほどいて。
そして、劣等感に塗れた自分なんてものもどこかにいる。

別にいいんだよ。
劣等感に塗れていても、嫉妬しても、能力を充分に発揮できなくても。
大切なことはそういうことじゃない。
誰かと愛を育めるか、何よりも自分自身を愛せるのかと。
最も、大事なのはそこなんだと思うんだ。

愛されるために必要なもの。
そんなものは無くて。
誰もが愛を受ける権利を持っている。
誰もが愛する権利を持っている。
愛するために必要なものなんてものは無くて。
愛すること以上に大切なものなんて無くて。

だから、舞台の照明に照らされていなくてもいんだよ。
誰かを愛して、愛される。
それだけで、なんて幸せな人生なんだろう。
そして、なんて難しい人生なんだろう。

憎むほどに愛せない僕らの才能とやらは、一体何のためにあるんだろう。。
こんな時だけ、神様に頼りたくなる自分の弱さすら。
強さと言ってくれたイエス様を信じること。
クリスチャンなんて、その程度のものだと思うよ。


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