君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶた

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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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いつでも誰か死んでいる
僕らは笑う。
それは、悪いことでは無くて良いことだと思う。
僕らは泣く。
それは、悪いことでは無くて良いことだと思う。

僕らは何かに何かに笑い、何かに泣いて、何かに怒り、何かに悲しむ。
あまりに当たり前の光景で、その一つ一つに意味がある。
だけど、その笑いも涙も怒りも悲しみも、全て自分に見える範囲の
世界にしか向けられていない。

いつだって僕らの知らないところで誰かが死んでいる。
誰かが傷ついている。
僕らの感情は、その人には届かない。
アフリカで餓死する少年に涙しても、
その同時期に虐待されている少年が日本にいるかもしれない。

僕らは誰かが死んでいることも悲しんでいることも
知っているはずなのに、感情が追いつかない言い訳をしながら
世界をまるで変えようとしない。

目の前にある世界だけが正しい世界だと思いこんで
そして、目に見えない現実への想像を諦める。
世界はひょっとしたら、もっと素晴らしいのかもしれない。
世界はひょっとしたら、もっと絶望的なのかもしれない。
そんなことも分からずに、キリスト教が正しいと言うことに意味はあるのか。

増えすぎた人間の誰か一人が死ぬだけでも大問題だと言いながら
理不尽な死に対する憤りを四六時中継続する奴はいない。
どんなに優しいと感じても、いつだって無関心な心は残っていて。
そして、教室にはびこるいじめを見逃すかのように暴力を容認する。

そんな日々さ。
そんな世界さ。
僕らが生きている世界の住人なんてものはそんなものなんだよ。

絶望するほどに自分自身の愛の無さ、そして他人自身の愛の無さにびっくりさ。
思えば、そんなにも残酷な人間のはずなのに何故に素晴らしいだなんてことを
思うのか、そいつがさっぱりさ。

人の命は地球より重い。
そんな命がこうしている間にも理不尽に奪われている。
一秒だって無駄に出来ないはずなのに。

僕たちは一体何をしているんだろう。
信仰を広めれば、本当に世界は変わるのかな。
悩んでいる時間すら罪にはならないのかな。
探り合いながら傷つけ合っている場合ではないと思うようになったよ。

どうせ、全員が偽善者なんだ。
だから、あいつがどうだとかこいつが良いだなんて話を置いてさ。
手でも繋ごう。
そうすれば、相手も銃を構えることが出来なくなる。






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