君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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繋げたい想いは途切れながらも糸を紡ぐ
例えば、誰の心にも優しさがあると思う。
純粋で、ただ人を思いやる気持ちがあると思える。
子供が純粋に手を差し伸べる瞬間に、それを見るのかもしれない。

例えば、誰の心にも残酷さがあると思う。
純粋に、何も考えずに傷つけることが出来ると思える。
子供が純粋に無視の羽を千切る瞬間に、それを見るのかもしれない。

僕たちは優しいことに素晴らしいと言い、残酷なことに非難の目を向ける。
出来るだけ残酷にならないようにと願いを込めて、善悪を教え込む。
何が悪で何が善かなのかも分からないまま大人になってしまう僕らは、
偽善が悪かどうかなのかも答えを出せない。

残酷さを抑える代わりに、純粋な優しさも失う。
自分の中にあるいやらしさや汚さが優しさに混ざり合い、白が灰色になっていく。
その灰色を黒と断定できないまま、僕らはそれを白とは呼ばなくなる。
純粋でなければこの世に価値が無いかのように言いながら、僕らは誰一人白くない。

それなのに子供達には白くあれ、清くあれと言いたくなる。
自分の灰色さを棚に上げながら、子供が灰色になるようならば漂白しようとする。
そして、子供の心の中に黒い感情が溜まっていくのをいつしか諦め
また一人また一人と、心の中が灰色になる大人を生み出し続けていく。

自分よりも後に生まれた人間が正しい心を持ちますように。
そんな、途切れた糸の様に儚い想いは決して叶わない。
人が人である限り、それは傷つけ合い、悲しみ合いながら、慰め合う。
それは、素晴らしいことではあるけれども決して正しくはない。
繋げたい想いは途切れた糸のように世界を漂う。

それなのに、何故いつも諦めないのだろう。
人間は、途切れた糸ですら繋げようとする。
間違いながら、傷つけ合いながらも後世に何かを残そうとする。
自分が生きた証を残したいのか、それとも純粋に子供達を思ってなのか。
そんな判断がつかない灰色の想いが、途切れ途切れな糸のように世界に散らばる。

その散らばった糸を紡ごうと必死になっている。
先人達が想い描いた理想郷には届かなくても、各個人が望んでいる理想郷では無くても。
その想いの一つ一つを紡ぎながら、一つの理想に向かおうとしている。
灰色な想いをかき集めて、いつか白い世界になりますようにと願っている。
この世界はそんな世界であるかのように思えるよ。

例え、自分の意志や価値観なんてものは誰も聞いてくれないと思っていても。
それは、当たり前の話で悲しむことなんかじゃないと思う。
いつだって、誰だってその意思はどこかで途切れていて
そして、後世の人間がそれを紡ぎ新しい糸を作り出す。

そうであればいいな、と思った。
各個人の想いがあまりにも無慈悲に断罪されていく世の中で
全ての想いが何一つ無駄にならずに紡がれていっている。
世界がそうであればいいのに。
一つの想いしか認めないような悲しい世界では無くて。
世界が途切れながらも紡がれていけばいいのに。
そう思った。




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