君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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人波の中にいる何十億文の一
まるで、人が多すぎる。
世界に僕と君二人だけだったら、世界が一致することも可能に思えるのに。
何だって、人間はこんなにも数を増やして個人の意見が世界を内包するまでに
なってしまったんだろう。
知識や知恵は、個人が死んでも残っていき全ては新しく生まれ変わり続ける。
そんな世界で新しく生まれた命は過去の遺物を習得しながらまた新しい価値を見出そうとする。

そんなことを繰り返していけば、いつか人類統一まで行くのかと考えるが
実際は人間の頭の中の価値観は幾重にも枝分かれして、とても個人が把握できる
ようなものでは無くなってしまった。
編集することにも疲れた後は、個々人に全てを委ねた。
個人が個人の価値観を持つことを許され、僕たちは人波の中の何十億分の一となった。

転がり続ける幸せをずっと追いかけるような生き方しか出来ていないのに
絶対的な言葉をいつだって吐いている。
キリスト教徒も例外なく、真理を語り続けながら自分が言っている矛盾に気がつかない。
僕も含めた全員が自分の目の中の梁を見ずに、盲目になりながら他人の粗ばかりを探す。

人が人を裁くことがあまりにも当たり前になっている世の中に
疑問を持たないのに生命賛歌を繰り返す。
戦争を反対しているのに、経済のせいで餓死する子供たちには熱心にならない。
自分よりも劣っている人間を探し、他人に自分よりも劣っている部分を探す。
誰かに支配されたくて、絶対的な存在を探しながら献身的に仕える自分が
結局のところ自分の主人だということに気がつかない。

そんな僕と君が分かりあうためには何が必要だと思う。
僕には皆目見当がつかないから、君と語りたいよ。
僕たちは否定の末にしか答えを見つけられないけれども、
肯定の末に見つかる答えを探すことはできないのかな。

僕の考えを君が認めて、君の考え方を僕が認めて
そして、お互いが正しいという矛盾を解決するような新しい考え方を探すことは出来ないのかな。
人波の中の何十億分の一同士なのに、優劣をつけることに何の意味があるのだろう。
社会というあまりにも不確かな常識の中で、狭い価値観の常識に固執することに何の意味があるのだろう。

語り合うために必要な土台は何だと思う。
知識か、知恵か、信仰か。
僕にはそのどれも中途半端だから、君に対して何も見つけることが出来ないんだろう。
分かり会いたいよ、君と。
ただ単純に同じ信仰を共有しているような感覚を超えた何かを僕は君と見つけたいよ。

なあ、クリスチャン。
何だってこんなに宗派が分かれているのかをもう一度考えてみようか。






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