君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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経験が半端な確信を生み出し理解の扉を閉める
今、生きている人間には生きていた自負がある。
死んでいた人は誰もいなく、この世界を生き抜いてきた。
様々な経験を経て今の自分にたどり着き、そして新たな自分へと旅立つ。
自分を変えてくれた恩師や親友、恋人との儚い青春時代の思い出は自分の糧となり
そして、大切な思い出が大切な故に絶対となり、半端な確信を生み出す。

自分の経験で得たものが絶対的な真理だと誤解したままに、
全ての方程式と疑わず、新しい理解を得ようとしない。
そんな人はこの世の中にごまんといて、自分よりも経験が無い人
それこそ、自分よりも知識・知恵はあれど経験が無い人間に対してまるで無知のように扱う。
そんな人は、世の中の大半だということが最近分かってきた。

共通項で理解し合えるものならば、そんなものも気にならない。
だけど、実際は確信を持った人間が確信を持たない人間に対して、まさに教えるだけだ。
あたかも年齢がその全てを物語るかのように、何も確信を持たない人間を下に見る。
クソみたいな価値観が支配するのは、この世も教会も同じで。
安っぽい経験が中途半端な確信を生み出す。
その確信が、何一つこの世界を変えることが出来ないことを目にしているはずなのに。

まるで、謙虚に見える人も結局は自分に都合の良い価値観しか受け入れず
価値観を受け入れられた人たちの中で悦に浸っているだけの時もある。
神様を信じながら、自分自身の信仰を誇り、あなたの信仰があなたを救ったなんて
妄言をいつまでも垂れ流す。

分かってきたんだよ。
個人の価値観では、世界なんて救えない。
個人の価値観では、君のことなんて救えない。
それなのに、僕らは自分の価値観が最上のものだとする無駄な競争をいつまでもいつまでも繰り返す。
何かに負ければ、全てが負けた気になっている僕たちはなぜ弱いのだろう。
この世の価値観の勝利者に慰められ、癒されながら妬む。

いつだって、いつだって、いつだって。
僕たちは争っている。脆弱な経験を基にした半端な価値観を振りかざしながら。
信仰だのなんだの言う前に、僕たちは相手の価値観を理解するところから始めよう。
君が何を思っていたとしても、そいつはきっとくだらないよ。
そして、僕の価値観だってくだらないんだ。
個人の意見だよ、結局のところ。

だから、お互いの価値観をぶつけて、そしてどうすれば良いのか考えようぜ。
お互いが納得できる価値観が見つけることが出来たのなら、
それは、どんな素晴らしい人の価値観よりもそれこそまさに価値があるものさ。

ぶつけあって、否定し合おう。
それが、まずは分かりあう道だ。
僕は、君の考えが嫌いだとはっきり言うから。
君も、僕の考えが嫌いだと言ってくれ。
そうすれば、僕らはきっともっと分かりあえるはずだから。





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