君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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新しい発想なんてものはどんどん出来なくなっていく
情熱の衰え、感受性の錆付き、妥協の繰り返し。
そんな言葉達が素直に体に染み込んでいく。
若くてやり場が無く、溢れんばかりにあったはずの馬力は
いつしか、自分を守るために使うようになった。
自分自身を否定する言葉を聞かないために耳を塞ごうとするこの腕は、
誰かと価値観を分かり会おうと差しだした握手の手だったはずだ。

最近分かってきた、切ないほどに。
誰もが疲れていて、誰もが自分を守るために精一杯だ。
昔、思い描いていた大人なんてものは実際のところ自分自身と変わらない。
みんな何かの責任を負いながら、自分の価値観を作り上げる。
それを守ろうと躍起になって、必死になって、孤軍奮闘を繰り返す。

新しい発想なんてものが、いつだって自分の価値観を脅かす。
自分の価値観を肯定してくれる材料をいつだって探し出して納得して
否定するものを否定する。
正解は人それぞれだからかまわない。
最も大切なことは自分自身が納得することだから。

以前の僕はそんなことに憤っていた。
自分自身だけ納得して何になる。
自分自身だけ幸せになって何になる。
僕らは分かりあうべきなんだよ、そうなんだ。
そうじゃなきゃ、世界はいつだって変わりやしない。
そんな言葉を吐いていた。

でも、僕らに見える世界なんてものはそれこそ世界のほんの少しばかりの割合で。
世界の全てが変わろうが、自分に見えている世界だけが変わろうがあまり差は無い。
自分をいつだって否定して、構築しなおしていくほどに素晴らしいことは無いだろうけれども、
そんなことをいつだって出来るほどの余裕も無い。

世の中の人の多くが必死だ、必死なんだよ。
どうにかして、少しでも自分の価値を見つけたいんだよ。
褒めてほしくて、誉めてほしくてたまらないんだ。
金が欲しくて、幸せが欲しくて、安定が欲しくてたまらないんだよ。
渇望に勝てるほど余裕なんてものは無いんだ。

新しいものを創造する力なんてものはどんどん失われていく。
自分が社会人になれば、新しい世代が待っているかと思えば
実際に、やっているのは過去の焼き直しだ。
それを求められて行いながら、自己否定に飽き足りる時に妥協が生まれていく。
憤っていた気持ちすら、無くなっていく。
みんな、疲れているんだ。仕方が無いんだよ。
そんな、妥協の言葉を吐きだしそうになる。

だから、言葉を振り絞る。
自分自身だけ納得して何になる。
自分自身だけ幸せになって何になる。
僕らは分かりあうべきなんだよ、そうなんだ。
そうじゃなきゃ、世界はいつだって変わりやしない。

昔、誰かにぶつけていた言葉を自分にぶつける。
そっか、こんな気持ちだったのか。
お前に何が分かるんだ、そう言いたくなる僕がいる。
でも、本当は違うんだ。

若過ぎて何も分かっていなかった自分にすら分かっていたこと。
当たり前だけれども、当たり前に出来ないこと。
それをやって生きていこう。
耳を塞ぐ手を握手のために差し出そう。

そうしなきゃ、過去の自分とそれを支えてくれた人達に申し訳が立たない。
さあ、明日からも頑張ろう。
なんとか、今日もそう思えた。




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