君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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実名では書けません
キリスト教人気記事の第一位がこんな記事だったので、勝手に返答をしてみたくなった。

「それ、実名で書けるのかい?」

はっきりと言えば、僕は実名では書けない。
内心、この記事に書かれている無責任なクリスチャンと見られていないか焦っている。
僕が実名で書けない理由は、クリスチャン以外の友人に見せている人物像があるからだ。
その人たちに見られてしまっては、都合が悪い。
そんな理由だ。だから、くだらない。

そんな僕個人のどうでも良い理由よりも、匿名性の是非について僕は論じたい。
この記事でも書かれている様に、以前は匿名の記事はは軽視されていた。
ただ、そこで終わってしまってはただの懐古主義になる。
冷静に分析をするのなら、匿名の記事が軽視されていた理由は権威主義であったからだと思う。

「何を言ったか」よりも「誰が言ったか」が重視されていた。
そのため、匿名の記事は否定されていたと思う。
ただ、それが悪いとは言えない。
その時代の匿名の記事なんてものは単なる噂話程度のもので何一つ裏付けがないものだったからだ。
だから、実名を挙げて記事を書き、社会的な信用を得てからでないと読みもされなかった。
それが、実情であったと思う。

だけど、時代は変わりインターネットが発達した。
裏付けとなる情報も、インターネット上に存在し、誰もが「誰であっても」情報を発信できるようになった。
もちろん、それは裏付けとなるものが存在する上での話だけれども。
そして、同時に個人の実名の不必要性も浮き彫りになってきたと思う。

例えば、僕は「一重まぶた」というHNで記事を書いている。
特殊な場合を除き、それは僕個人を指している。
僕が書いた想いは僕のものであり、誰のものでもない。
聖書的な根拠なんてものも検索すれば出てくる。
この場合、実名を出す必要があるのかが疑問に思えるんだ。

むしろ実名、年齢、性別、その他諸々を視野に入れられて僕の意見を歪んだ目で見られる方が恐ろしい。
僕は、それが嫌だから匿名で記事を書いているのもある。
そんなものを抜きに話をしたい。
そんなもので、君と僕の間を邪魔されたくない。
そういった想いも確かにある。

匿名にすることにより、「誰が書いたのか」という視野を抜かして
「何を書いているのか」という部分に集中することができる。
それは、まさに匿名性の利点の一つであると言えると思う。

明らかに自分とは異なる意見、悪しきものだと思える意見。
それが、例えば自分の教会の牧師、自分の教会の兄弟姉妹から出ていたとしたら。
その意見が持つ意味よりも、その人自身に何があったのかと考えてしまうと思う。
だけど、匿名にすることで純粋に「なるほど、そういう意見もあるのか」と見ることもできる。
何より、普段出せない本音が出せるのは大きい。

無責任と利便性の一長一短が匿名性には存在する。
人によっては、悪く映るし良くも映る。
無責任な言葉に、怒りを抱く人間もいる。
逆に無責任だから言える言葉に、今まで埋もれていた意見だと騒ぐ人間もいる。
ただ、こういった意見を忌憚なく話せるとしたら僕は匿名性もありじゃないかと思う。




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この記事に対するコメント
こんにちわ
僕も見てなんだかなぁと思っていたので、
超タイムリーな記事です。
ありがとう!

実名だろうと、匿名だろうと、
感じ入ることが書かれていればそれでいいと思います。

新約聖書の使徒書だってパウロの名前を借りたり、
使徒の名前を借りてかいたものがほとんどだし。

あ、パウロ自身の書簡もありますが。

ちなみに僕のHNは洗礼名なので、
記事も記事なので探そうと思えばすぐ探せるんですよね(苦笑)。

ま、そんなことは念頭におかずに書いたと思いますが、あの牧師様は。

「クリスチャンたるもの」ってなんだろ。

僕はあの牧師様の文章は好きではありません。

あ、こんなこと一重まぶたさんへのコメントで書いてすみません。
【2011/07/19 04:08】 URL | Francis maximiliano #mQop/nM. [ 編集]

>>Francis maximilianoさん

批判されているのに、慣れているせいかありがとうと言われると気恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになってしまいます。笑

この記事の反響が大きいようで自分でもびっくりです。

僕の本名もネットで検索すると出てきちゃうのでこまりものです。

あと、コメントは好きなように書いてくださって結構ですよ。
肯定否定は別として、好きなこと書いて頂けるのは嬉しいです。
【2011/07/19 23:51】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]

おもしろいね。自分・・・

恐れも良い方向に使うと良い材料だ。

「ん~実に面白い・・・」
【2011/07/20 17:26】 URL | しんちゃん #- [ 編集]

>>しんちゃんさん

はは、ありがとうございます。
面白いと言われるの嬉しいですよ。

【2011/07/20 21:49】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]

匿名性
こんにちは。

実名だと自分の知識、権威を知らしめているように感じます。
匿名の利点は大胆なことが書けるという点ですね。
基本的に牧会者がブログを書く意義とは特定の人へのメッセージと活動報告…そして、あわよくば伝道なんでしょうけど。
感心しませン。
【2011/07/24 18:06】 URL | 民(たみ) #- [ 編集]

>>民さん

実名で書いている人の中には、そういう人もいることは確かですよね。
牧会者がブログを書くことは…民さんが仰った側面もあるのかもしれません。

ただ、コメントを書いて頂いた方、見ている方々にも伝えたいことは匿名性も実名制も両方共に一長一短であるということだと思います。
どちらにも良い面と悪い面が存在し、匿名性には無責任という側面も確かにあるとは感じます。

そのことが、この記事では見られずにむしろ実名制への反感を生んだとしたらそれは申し訳ないところです…。
【2011/07/24 22:53】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]


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