君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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君と同じ目線を持ちたい
僕らは、クリスチャンだとかノンクリスチャンだとかいうことで人のあり方を決めようとする。
だけど、僕らにとっての価値基準なんてものはそれだけなのかな。
僕は、生まれたときからクリスチャンの価値基準だったから
ある程度大人になってからのキリスト教なんてものは知らない。

だけど、ノンクリスチャン達はただこの世の価値観に塗れているのか。
僕は、別にそういうわけでもないと思う。
ノンクリスチャンの中にも色々な人がいる。
色々な価値基準がある。

それは、宗教に関わらず仕事の姿勢であったりだっとか、
男女間の関わり方であったりとか、
そういった細かいことや、大きなことまで皆が皆ばらばらなことを言っている。

僕らは、その中で気の合う人を見つけたり、考え方をの合う人を見つけたり、
耳触りの良い言葉を選んだり、自分に厳しい言葉を選んだりしている。
絶対的な自分自身の価値基準を持つことすらおこがましいと思えるほど
この世の中には様々な価値観が溢れていて、そして皆が皆違うことを言っている。

統一された意見なんてものは、強制的な賜物でしかないと思えるほどの歴史を
目の当たりにしていく中で、僕らは一体何を見ているのだろう。
何が正しいのかすら分からない世界の中で、僕らは何を見ているのだろう。

確立された価値観を持つことが、是とされている世の中で
ゆらゆらと生きていく価値観が受け入れられない。
自分が置かれている環境の変化によって日々価値観が変わることが悪とされてしまったら、
もはや何も言えない。
早期教育による、価値観の統一化が正しいと思われる世の中なら僕は、何を言えるのだろう。

何一つ正しいかどうか分からない世界ではどう生きていけばいいのだろう。
僕らは、何を聞けばいいのだろう。
僕らは、誰から話を聞けばいいのだろう。
それすら分からない内から、何を聞くか誰から話を聞くのかを決めるその様は
いったい何様のように僕らは振舞っているのだろう。

愛しているということすら、素直に吐けない。
愛という価値観ですら僕らは、皆違うことを言う。
この心の中にある唯一の綺麗な気持ちすら正しく伝えることができない。
綺麗では無いかも知れない、ただただ相手を大切に思うこの気持ちすら
言葉では、うまく伝えることができない。

統一された価値観すら持てないのなら悲しすぎる。
僕は、いつかただただこの溢れ出る気持ちを伝わっていると誰かに
証明して欲しくて、躍起になっているただの馬鹿さ。

虚しく徒労に終わるような僕の価値観は誰かに拾われるのかな。
いつか、誰かと心の底から共感し合えるのかな。
僕らは、心の中から願う誰か一人とすらろくに伝い合いきれない不完全な存在さ。
なのに、同じ価値観を持っているかのようなふりをして傷つけ合う。

愛しているんだ。
理解したいんだ。
君の事を見たくて、僕のことを見て欲しいんだ。
一生、叶わない願いだと分かっているのに願ってしまう。

君のことを理解しきることなんて不可能なんだ。
僕のことを理解しきることなんて不可能なんだ。
なのに、なぜ求めてしまうんだろう。
なぜ、そのことで苦しんでしまうんだろう。

僕らはどうやって、求め合うんだろうな。

愛しているということすら、ろくに分からないよ。





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