君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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自分自身の未来すら切り開けない

無力な自分を呪いたくなる時がある。
世界平和を心から願っていた。
それが、どうだ。
何も知らなかった自分自身への問いかけの答えは、
未だに何も返ってこない。

自分自身が思っていたほどの能力を持っていなかったことに気付いた時の
衝撃は、それはゆるやかで僕自身を腐らせるには充分すぎるほどだった。

全ての人を愛したいと願った。
でも、全ての人を愛せるほど僕の心は強くなかった。
世界を平和にしたいと思った。
でも、僕は自分の食いぶち分の利益すら満足に出せなかった。
下の世代に良いものを残したいと思った。
でも、僕は尊敬されるような人格ではない。

自分自身への絶望は、妥協を積み重ねていく下地となり
なりたくない自分への階段を作り上げる。
それを何も気付かずに登って行くことに気がついた時には
下に下がる階段はどこにも無い。

万人救済論を唱えようが、愛を叫ぼうが
僕は心の底から人を幸せにしたいと思えない。
いつだって、自分自身がこの世で一番幸せになりたいんだよ。
神様にしか出来ないことに対して、知恵を使い人間にも出来ると叫び
絶望感に打ちひしがれながら、それでもハレルヤと叫べない。

この世の中の一切の不幸の廃絶を願いながら、
後進国を犠牲にした、先進国の暮らしの上でのうのうと生きている。
何よりも恥ずべき人間だ。

安全圏から戯言を吐き、保身のことばかり考えている。
それでも、怒ることがあれば怒り幸せを満喫しながら、不満ばかりを口にする。

こんな人生は真っ平御免のはずだったのに。
僕は、こんなにも甘美な堕落の道から抜け出そうとしない。
なぜ、こんなにも辛いんだろう。

本当は、もっともっと人のために働きたいのに。
なぜ、僕は自分自身のことしか考えられないのだろう。
なぜ、イエス様は自分を愛すように他人を愛すようにと言ったのだろう。
自分自身以外を愛せないはずなのに、自分自身以外を愛そうとする。
頭の中のパラドックスが笑っている。

いつだって、伝えたいんだよ。
君が好きだって。君が素晴らしい存在だって。
だけど、君を嫌いな気持ちが邪魔をする。
君を取り巻く環境を取り除く方に躍起になる。

なあ、どうやれば僕らは互いに想いを伝えられるんだろうな。
言葉じゃ表現できない想いは確かにあるんだよ。




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