君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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世界は変わる、いとも簡単に
お気に入りのブログの「蜂蜜を弄ぶ」さんの記事に感動した
http://liyehuku.exblog.jp/

だから、今日のブログ超なげえ

高校生まで、僕は福音派だった
正確には、日本基督教団だったかが、考えのそれは福音派のものだった
その時の僕の世界は、色を失っていた

僕は色々なものを否定していた
結婚前にセックスする男女
ドラッグをやる若者
性風俗
AV女優
そして、ノンクリスチャンを

その時、僕は世界が狂っていると思っていた
真実がそこにあるのに、なんでみんな信じないんだ?
そう思っていた
そう思って、他の人を簡単に否定していた
福音派がじゃない
「僕」がだ

その頃は純粋だった
なんの汚れも知らないと思っていた
だけど、大学に入った時から僕はどこかでボタンを掛け違えた

彼女とSEXをした
今まで、自分が否定していた人間に僕はなっていた
心の中には深い罪悪感
それと同時にSEXをしているときの、心からの癒し
そして、彼女から離れている時の何者にも耐え難い孤独感と喪失感

その時期に僕は怪我をして、精神が不安定になった
結果、彼女にも振られ、それと同時に教会も捨てた
当たり前の話だ、僕の心の癒しはもうどこにも無かったのだから

その頃は、世界にいるのが辛かった
この世界が辛かった
夜毎、コンビニにウイスキーを買いに行き、それを飲んで床に就く
最低だった
最低の気分だった

それを救ってくれたのは、キリスト教じゃなくて友達だった
僕が、昔まで否定していたノンクリスチャンの友達
彼らは僕を見捨てなかった
なぜ?
僕には、その頃その理由がよく分からなかった

そこから、僕はゆっくりと立ち直っていった
精神も落ち着いてきた
キリスト教へ立ち直る気も起きていた
だけど、その時に僕に一つの疑問が投げかけられた

「僕を救ってくれた友達は地獄に行くのか?」

そんな馬鹿な
そんな馬鹿な!
彼らは僕等を救ってくれたろう
なのに、なんで
イエス様、彼らの罪は背負ってくれないんですか
あなたを信じていないから
あなたはクリスチャンの罪だけを背負って、死んだのですか
僕の友達の罪は背負ってくれなかったんですか!

そう思ったとき、世界が変わった

そんなはずない
イエス様は全ての罪を背負って死んでくださった
ならば、それはそういうことなんだ
なんだ、そういうことか

ああ、垣根なんてないのか

その時、僕は人の愛を初めて理解したんだと思う
彼女と過ごした時間、過ぎ去ってしまって今はもうない
だけど、その時は確かにあった
友達と過ごした時間、過ぎ去ってしまってしまうかもしれない
だけど、その時僕は確かにそこにいた
僕は、人の中に神を見た
誰もが持っている、優しさ、愛に神を見た
それから、僕は人を否定することはなくなった

友達にも色々な人が増えた
結婚前にSEXをする人
バイセクシャル
ゲイ
レズビアン
性風俗関係者
マリファナを吸ったことがある人
今まで、僕が否定していた人たち
でも、彼らを否定する気にはどうしてもなれない

だって、素晴らしいのだもの
彼ら一人ひとりが素晴らしいのだもの
彼らの生きてきた人生に触れた時、涙が溢れる
彼らと友達になれたことに感謝が絶えない
彼らが友達でいれることが誇らしい

僕の世界は変わった
僕の世界に色がついた
気づかなかった、色が
一人ひとりの色が

僕の世界は変わった
この世界はくだらないものだと思っていた
ぎすぎすしているものだと思っていた
人々は、自分の欲望に身を任せて怠惰な生活を送っているものだと思っていた
だけど
だけど、そんな中でも人を思いやることが出来るから人間って素晴らしいのだと思う
だから、僕は人の中に愛を見出せるのだと思う

ああ、この世界は素晴らしい
人がいればそこに愛がある
この世はどれだけの愛に満ち溢れているのか

もちろん悲しい出来事は色々ある
だけど、それでもまだ信じられる
人の中に愛があると信じているから

世界は変わる、いとも簡単に
自分の心が変われば、世界は変わる
全ての人が幸せに生きれますように
全ての人が愛に目覚めますように
全ての人が手を取り合う日が来ますように
世界が、天国になりますように

そう、祈るしか出来なくなった

だけど

今はそれでいい

愛に触れた瞬間が、確かに僕の中にあるから



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この記事に対するコメント
ブログ村から来ました。

どちらかというと非常に「福音派」的なブログが多い中で、キラリと光記事。うれしいです。

クリスチャンと呼ばれる人が、本当に、イエスの十字架の愛をちっぽけなものにしてしまっているように僕も思います。

これからも応援しています!
【2008/03/26 10:49】 URL | ブログ村から #- [ 編集]

>ブログ村さん
ありがとうございます
キラリと光っている自身は全く無いのですが、そう言っていただけると嬉しいです。笑
【2008/03/26 20:07】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]

『わたしが来たのは正しい人を招くためではなく罪人を招くためだ』 は、キリスト教を信じていないことが罪であるならば、イエスに近いところにいるのはその人のほうではないでしょうか?

イエスが死にて葬られ陰府に下られたなら、何がしかの理由があるのだと思います。そこにすべての人を救う救済があるように思っています。

突然不躾に失礼致しました。
【2008/03/27 08:57】 URL | Take #mCZlqnv2 [ 編集]

>Takeさん
いえいえ、コメントありがとうございます。
僕のブログコメント少ないから、普通に嬉しいですよ。
僕も、キリストに近いのはノンクリか?
とも、思ったのですがやっぱりよく分からないです、すみません。
【2008/03/27 22:15】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]

結局クリスチャンは(というか人間は)、人を愛する。と言いながら、
自分と自分の基準に合わない人をライン引きしてしまうんだと思います。
外見で、どんなに軽く見えていても、
信じられない、苦しみを背負っている人がいる。
その人の苦しみなど、外からは分からないんです。
きっと神様しか、分からないことかもしれない。
そしてその人の苦しみを理解できない者が想像すらできない者が、
その人を馬鹿にしたり、軽く見たりすることなんて絶対にできないんです。

まとまらなくてごめんなさい。
一重さんの記事をよんで息をつけた気がしました。
ありがとうございます
私は、神を信じるけれど、それ以外のことはよくわからないです。もしかしたら、このコメントもbiasがかかってるかもしれません…。
すべてのライン引きを取り払って、
相手を本当に愛せる様な人になりたいです。
【2008/03/28 00:15】 URL | k* #h0pw9TTc [ 編集]

>k* #h0pw9TTcさん
ライン引きはどうしてもしてしまうのが人間ですよね
しかし、それを乗り越えていくのもまた人間だと思います
僕も、本当に人を愛せる人間になりたいです
頑張りましょう、お互いに
【2008/03/28 01:20】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]

なんでたんぽぽさんのコメントを消されたんですか?
福音に向き合うのがやだからですか?
このコメントも消されるんでしょうね。。。
【2008/04/01 02:44】 URL | GIJIN #DYQhHKEg [ 編集]

>GIJIN さん
僕たんぽぽさんのコメント消してました!?
そうだとしたら凄い自分にショックです・・・。
一回、自分のコメント消したとは思ったんですがそれがたんぽぽさんのコメントだったとしたら・・・。
それは謝っても謝りきれないことですよね・・・。
GIJIN さん、宜しければ覚えていたらいいです。
たんぽぽさんのコメントはどのようなものだったでしょうか?
本当に真摯に回答致します。
ですから、どうか教えてください。
【2008/04/01 02:54】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]


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