君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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やさしくない肯定や共感
これは、キリスト教に限らずにきっと日本のどこにでも起こっていることだと思うんだ。
自分が属するコミュニティの意志や意見に対して無批判に肯定や共感をすること。
それは、あまりにも溢れている。
それは、コミュニティだけに留まらずに個人にも溢れだしていく。
悲しいほどに、それこそ泉の如く溢れ出て、底なし沼のように身動きが取れなくなっていく。

クリスチャンのコミュニティには、とてもそれは顕著でなんでそんなことが起こるのかと、
考えていると涙を流したくなるような気持ちになる。
影響力を持つ人間の価値観がある日、突然でも少しずつでも変わっていったとしたら。
以前、発言していた価値観と整合性が取れなくなっていったとしたら。
それでも、神様のためにという結びを入れるだけで、ほら不思議。
無批判にハレルヤと肯定し、共感する人間が後を絶たなくなる。

たとえ、自分で以前の自分を否定したとしても、神様の教えの下に誰かが肯定をする。
ハレルヤと叫ぶ。今まで通り一緒に頑張ろうと言う。責任は神様が負ってくださる。
神様のことを常に考えているあなたは素晴らしい!
そんな、曖昧な言葉を重ねて僕らは自身の否定を疎かにしては、いつの間にか神様の下に特権階級を作りたがる。

いや、そんな高尚なものじゃないのかもしれない。
ただ、単純に嫌われたくないだけなのかもしれない。
信仰的じゃないと見られたくないのかもしれない。
否定や裁きは、クリスチャンが最も忌み嫌うものの一つであると僕は思っている。

「じゃあ、お前が今まで言ってきたことは何だったんだよ」

そんなことを言おうものなら、もしかしたら関係がぎくしゃくしてしまうかもしれない。
その人とぎくしゃくしたら、もしかしたらこのコミュニティからも外されてしまうかもしれない。
そんな不安を取り去るための都合の良い言葉である「裁くな」を持ち出して、その通りに行動して
心の平安を得て、コミュニティに属する自分自身を守ろうとする。
ひょっとしたら、そんな程度のことかもしれない。

でもだよ、もしそうだとしたらだ。
僕らは、果たしてイエスさまの愛とやらを実践出来ているのかい。
ありのままの自分を受け入れてくださる神様がそこにいるはずなのに、
いつの間にか仲間たちに肯定せざるを得ない環境を作っていたらだよ。
僕らは果たして、その人たちの心を救えているのかい。

この世で疲れきり、重荷を背負いながら教会に来ている人たちの重りを神様が外しても
僕たちが、新しい枷を付けたら何の意味もない。
なあ、悲しくないかい。結局、教会でもこの世と何も変わらないんだと絶望されたら。

切なくないかい。批判も否定もされないのは。
誰もが僕のように、教会に唾を吐けるわけじゃないんだよ。
聖書にある否定をされ、聖書通りに生きていると評価されている人間の否定は許されない。
だって、聖書通りなのだもの。そんな人を否定出来るわけがないと思うかもしれない。

だけど、否定されたい夜もあるだろう。
人間ってのはそんなものじゃないのかな。
否定されることは辛いけど、傲慢になって人の悲しみを
見ることが出来なくなることの方が苦しいとは思わないのかい。

だけど、誰もが無意識にそうやっている。
嫌われないために、優しくない肯定や共感を繰り返している。
僕も繰り返しているし、君も繰り返している。
間違いなく、多かれ少なかれ誰でもやっている。
そんな自分を恥じてみても、恥じない人間は溢れかえっている。
怒りがこみ上げると同時に、空しさや哀しさも溢れかえる。

切ない。
自分を愛するように他人を愛するっていうことはなんて難しいんだろう。
絶望的なぐらいに、自分しか愛せない。
ひょっとしたら、自分もろくに愛せていないのかもしれない。
だから、他人に対して優しくない肯定や共感を繰り返すのかもしれない。

なあ、クリスチャン。
君が本当に聖書が真実で、君が聖書通りに行動していくことによってこの世が変わるのだとしたら。
早いとこそんな世の中にしてくれ。
僕には、この世界は難しすぎるんだ。






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この記事に対するコメント
聖書を一言一句、神の言葉とすることに
心を痛めている牧師です。
6月2日からブログを開設しました。
6月2日の記事から
読んでいただけたら幸いです。
私の講解した『ローマ人への手紙』も
順次、掲載しています。
では。
【2011/06/04 05:07】 URL | ある牧師 #iIuN4Mn. [ 編集]

ブログ読みました。
ブログの方を読ませていただきました。
とても勉強になることが多く書かれていました。
ちなみに、僕は信仰義認説ではなく万人救済論を信じています

また、コメントくれたら嬉しいです。
【2011/06/05 02:08】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]


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