君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
プロフィール

一重まぶた

Author:一重まぶた
一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
愛が何かもわからない



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



FC2カウンター



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


嘲られる死
生きることは素晴らしい
生きることに価値がある
命ほど大切なものはなくて、それは地球よりも重い
そんなことを、今もきっとどこかで誰かが謳っている
借り物の価値観と、疑わない純真な心で誰かが謳っている

なのに、死を避けようとする
死を恐ろしい、まるで悪魔がもたらす不吉なプレゼントかのように扱う
クリスチャンには来世への希望のチケットかもしれないけれども
実際のところ、残された人間には悲しいものだ

死とはなんだい
僕にはとてもとても価値があるものだと思うんだよ
死が無ければ、生も無い
一生涯かけて受け入れるものなのか、そこにただあるだけで祝福されるべきものなのか
生きるということがなぜこんなにも素晴らしいのか分からないと同じように
きっと、死もなぜそこにあるだけで素晴らしいものか分からないものだと思うんだ

だからこそ、死を嘲るようなことはしたくない
クリスチャンの世界ではよく自殺を取り上げて色々言う

「自殺は自分を殺すことです
 神様から与えられた命を自分が好き勝手に殺す
 つまりは殺人と一緒です」

「自殺は、罪です
 たとえ、どんな悲しい事情があってもそれは変わりません
 だから、「だから」私たちは伝道してキリストの教えを広めなくてはいけないのです
 人々の心を救うために、これ以上悲しいを死を増やさないために」

嗚呼、五月蠅い
黙れよ、黙れ
そんなことを言いたくなる言葉も数多く聞いてきた
自殺は罪だから、良くないことだからやめましょう

いや、分かってはいるんだよ
自殺ってのは悲しい出来事だよ
残された人間にとっちゃ悲しい出来事だよ
大切な人が自分から死を選ぶだなんて、そんな悲しいことは無くて
その悲劇を生みださないために、そういったことを言うのは分かるんだ

だけど、どんな死にも尊厳があるはずだろう
どんな死だって、祝福されているはずだろう
自殺は罪ですなんて言葉は生きている人間に向けられている言葉だけれども
その言葉は同時に自殺をした人間の死を嘲っていやしないかい
自殺までしたのに、その死を罪だと裁く権利が一体生きている人間の誰にあるって言うんだい

僕は自殺が罪かどうかなんてことは分からない
そんなものは、死んだ後に神様にでも聞けばいい話だ
大切なことは違うだろう、その死を貶めることが神様の御心なのかい
少なくとも、生きてる僕らが「自殺は罪です」なんてことは言えやしないはずさ

なあ、イエス様が十字架を受け入れたのは自殺じゃないのかい
生きることも選択出来たけど、あえて十字架を受け入れたから価値があるんだろう
その死を選ぶことは、罪じゃないのかい

堂々と語りたいよ、自殺は罪なんかじゃないって
でも、それを語るだけの知識も心も僕には無い
悔しいな
死を嘲る人間を嘲ることが出来ないのが悔しい






にほんブログ村 キリスト教・クリスチャン

ランキングに参加しています。ランキングを上げたくない方は、クリックしないでいいです。

スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://hitoemabuta56.blog87.fc2.com/tb.php/254-294d2bc1



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。