君が生きている
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北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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聖書が教える結婚観
今日の日記は、久しぶりに聖書を引用するからとても長いです


最近、周りが結婚しはじめたからか結婚というものを考える
クリスチャンのブログを読んでみても、同じようなタイトルが
並び、そして聖書を背景にした結婚観が溢れている
じゃあ僕も便乗しよう
聖書が語る結婚というものも僕も語ってみよう


まず結婚なんてものは苦労ばかりで、出来ればしない方が良いものだ
セックスがしたくてたまらなくなって、婚前交渉を行うくらいなら結婚をすればいい
だけど、結婚をする人間よりもしない人間の方が良いんだよ
なんたって、終わりの時が近いんだから

コリントの信徒への手紙Ⅰ 7章26節
 今、危機が迫っている状態にあるので、こうするのがよいとわたしは考えます。つまり、人は現状にとどまっているのがよいのです
 しかし、あなたが、結婚しても、罪を犯すわけではなく、未婚の女が結婚しても、罪を犯したわけではありません。ただ、結婚する人たちはその身に苦労を負うことになるでしょう。わたしは、あなたがたにそのような苦労をさせたくないのです。(同28節)
 もし、ある人が自分の相手である娘に対して、情熱が強くなり、その誓いにふさわしくないふるまいをしかねないと感じ、それ以上自分を抑制できないと思うなら、思い通りにしなさい。罪を犯すことはなりません。二人は結婚しなさい。しかし、心にしっかりした信念を持ち、無理に思いを抑えつけたりせずに、相手の娘をそのままにしておこうと決心した人は、そうしたらよいでしょう。要するに、相手の娘と結婚する人はそれで差し支えありませんが、結婚しない人の方がもっとよいのです。(同36-38節)



そして、どんなにひどい男でも女は従わなきゃいけない
なんたって、夫は妻の頭だもの
それに、従ってれば夫がクリスチャンになって改心するんだから
ああ、教会で何か疑問があっても妻が直接牧師に話を聞くなんてとんでもない
そういうのは、家で夫に聞くもんだから

エフェソの信徒への手紙 / 5章 22節~24節
妻たちよ、主に仕えるように、自分の夫に仕えなさい。
キリストが教会の頭であり、自らその体の救い主であるように、夫は妻の頭だからです。
また、教会がキリストに仕えるように、妻もすべての面で夫に仕えるべきです。


ペトロの手紙一 / 3章 1節
同じように、妻たちよ、自分の夫に従いなさい。夫が御言葉を信じない人であっても、妻の無言の行いによって信仰に導かれるようになるためです。


コリントの信徒への手紙(一)14章34節
「婦人たちは教会では黙っていなさい。婦人たちには語ることが許されていません。律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい。何か知りたいことがあったら、家で自分の夫に聞きなさい」



後は、離婚はしちゃ駄目な感じだよね
DVを振るわれても離婚しちゃ駄目なのかな
まあ、神様が二人をくっつけたからと言われたら言うことは無いのだけれども

マルコによる福音書 / 10章 8節~9節
二人は一体となる。だから二人はもはや別々ではなく、一体である。
従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。



そういえば、性欲に負けて嫁入り前の女性を手篭めにしたとしても
父親に慰謝料を渡して、結婚すればいいんだったな
モテないクリスチャン男性は、そうすればいいのに
社会的には駄目でも聖書的にはOKなんだから

申命記/ 22章 28~29節
「ある男がまだ婚約していない処女の娘に出会い、これを捕らえ、共に寝たところを見つけられたならば、共に寝た男はその娘の父親に銀五十シェケルを支払って、彼女を妻としなければならない。彼女を辱めたのであるから、生涯彼女を離縁することはできない」


こんな言葉にアーメンと答える人間はいないと思う
僕もこんな馬鹿な話があるかと思う
いやいや、でも待ってくれよ
これも、間違いなく聖書に書いてあることだぜ

そもそも、旧約聖書の時代には一夫多妻制だった結婚
でも、僕らは何だかんだ言って一夫一妻制が当たり前だと思っている
じゃあ、どういうことだい
聖書が間違っているとでも言うのかい

いや、言っているのさ
上に挙げたような部分は結婚を語るときに、ほとんど語られない
妻は従えぐらいは、堂々と言っているのを聞いたことがあるけれども

上記の部分に関しては、時代が違うだとか夫も妻を愛さなきゃならないだとか
色々と条件や歴史的な背景を考えて、そのまま受け取ろうとはしない
だけど、他の部分ではそういうのはすっ飛ばして聖書の言葉通りに従えと言う
そんなものは、聖書のつまみ食いだと思うんだ

聖書は絶対的な真実なら、堂々と女は教会で喋るなとでも言っておけばいい
既婚者に向かって、「ああ、セックスが我慢できなかったんですね」と言っておけばいい
だけど、それをしないなら聖書の一字一句が正しいだなんて言えないはずだ

何だって、こんなことを書くかというと、現実にいるんだよ
結婚についてしたり顔で語って、あたかも聖書が背景にありますよって
言う奴らがさ

産めよ増えよと言うが、不妊症や無精子症の人間は無視だよ
心ある牧師なら、結婚しない人間はそう定められているだけで、別に悪くないって
言ってくれるけど

でも、結婚に関しては完全に男と女の世界だ
同性愛者も無視だ、性同一性障害も無視だ、両性具有者も無視だ
だけど、男と女の結婚だけが正しいって聖書に書いてあるって言って
頭ん中の妄想を、聖書を使って真実にしようとする

女性が長い歴史の中で獲得してきた人権を、聖書の一カ所で否定して
簡単に従えだなんて言って、あたかもそれが正しいと言う
そのくせ、申命記みたいな明らかに女性に対して不利な律法は語らない
イエス様が律法から解放してくれたと言えるからな
他の箇所に関しては、律法は世の終わりまで残ると言うくせに

本当に大切なことって、聖書の一部分にこだわってそれに沿うことなのかい?
それが、本当に幸せな結婚だって言ってまわるのが正しいことなのかい?
僕の語った言葉は間違っているのかな、君とは引用する聖書の箇所が違うから

思うんだよ
結婚だろうがなんだろうが

「互いに愛し合いなさい」

この一言で充分じゃないかなって
僕は思うんだよ
それだけじゃ、足りないのかな
そうだとしたら、そいつは少しばかり切ないや



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