君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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凡人
思えば、最近気付いたが僕の周りにはアグレッシブな人間が多い
特別な才能を持っていたり
もしくは、自分で店を開いたりなど正直羨ましい
そんな中で、僕は意外なほど凡人だ

凡人であることに対して特に誇りも無く
ただ、才能ある人間の後ろ姿を悔しく見ている
そんな、自分はとても嫌いだし
何も出来ない自分が歯がゆかったりする

そんなときに、神様は自分にだけの特別な人生を与えてくれるみたいな
話を聞くと、ついふらっとそっちの方に行きたくなる
ああ、平凡な僕でも特別なんだと思える
まあ、それは別に神様を使わなくても、どっかの哲学を使えば簡単な話なんだけれども
でも、哲学じゃ長続きはしない

それは、きっと哲学っていうのは自分一人で
宗教だと皆がいるから
皆に認めてもらうことで、人間はきっと信仰を保てるのかもしれない
でも、そうなると結局のところ根源は人に認めてもらいたいっていうことになる
そして、それはたぶん本当で
神様、神様と叫んでいる僕たちは、誰かに認めて欲しいっていう欲求が強いんだろう

それは悪いことでもなんでもなくて、当り前で
人は一人では生きていけないように作ったのは、神様だから
そういう風に人間は信仰を保つように作ったんだと思う

後は、その信仰を使って人を差別したりさえしなければ
僕はとてもキリスト教が好きだろう
だけど、僕は凡人だからその辺のアラ探しをしてしまって
嫌いなところを見つける

まあ、そんなこんなで日々を適当に過ごして
まだ見ぬ明日にでも希望を見出して
ぶらぶらと生きていこう
適当に生きることが出来るのは凡人の特権だ
せいぜい楽しもう







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