君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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物語を作れない
僕らの人生の主役は誰だろう
自分なんだろうか、他人なんだろうか、それとも神様なんだろうか
熱心なクリスチャンなら、即座に神様とも言えるのだろうけれども
その実感は、僕にいまだない

一人じゃないときの、僕の人生の主役は誰だか分からなくて
主役を決めることが出来ないから、僕の立ち居地も分からない
他人を立てても、それが正解かどうかなんて分からないから
いつだって、行き当たりばったりで物語が進んでいく

世の中でも、自分の物語を書ける人はいるように
それが、きっと本来正しい僕らの姿なのかもしれない
でも、そんな人たちはきっと運命っていう誰かが用意した
脚本に逆らって、抗ってきた人なんだろう
もしくは、自分が書いた脚本と運命が書いた脚本が
たまたま同じだったのかもしれない

でも、そんなことを全員が全員できるかと問われれば
それは、恐らくきっと違うんだろう
皆が皆、自分の脚本を書ける世界になれば世界が変わる
そんな言葉を、クリスチャン、ノンクリスチャン問わずに
主張する人たちがいるけれども
それを不可能だと笑い飛ばす人がいるのも事実なわけで
そうして、運命に流された人たちが大多数を作るこの世界を
見たときに、世界の変革がいかに難しいかを思い知る

諦めなければ、いつかは変わるのかもしれない
だけど、盲信して猛進しても変わる気がしない
色々な価値観に出会うたびに、僕は価値観がころころ変わり
そして、はっきりとした信念なんてものは自分に無いことに気が付いた

それでも、諦めきれないのは事実な分けで
でも、屁理屈屋な僕には決定的な解も持っていない

自分の物語が書けない
社会っていう不明瞭なもののせいにして
ただ、横にスクロールしていくマリオのゲームみたいに
いつしか、諦めて穴に落ちていってしまいそうだ

そんな日々の中でも、嬉しいことや幸せなことがあったりして
そんな日々を過ごしていくのも悪くはないと心から思うけれども
やっぱり、僕は社会全体を変えたいように思えてしまう

革命的なアイデアなんてものは、僕には無いし
革命的な実行力なんてものは、もっと無い
だから、せめて後進の世代が夢を諦めないような
そのための、踏み台みたいになれたらいいなと思うけれども
それすら、今の僕には荷が重い

さてさて、どうしたものだろうか
長いように思える人生をどう生きたものだろうか
そんなことを考える時間があるだけ恵まれているんだろう
その恵まれていることを忘れずに、生きていこう

嘆く暇があるなら、動け
と、よく奮い立たせようとするけれどもなかなかうまくはいかない
だけど、いつかは必ず動こう
やらない後悔は、本当に後悔しそうだ
今はただ、嘆きつつ勉強しよう

まだ時間はある
無ければ神様のところに行くだけだ
そのぐらいの気持ちで日々を生きていこう

さあ、明日も頑張ろう









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