君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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真理を語れば、真理を語られる
僕は、ブログを書くに当たって最近注意していることがある
それは、断定的なものの言い方をしないで、「思う」とかいった表現や
疑問を投げかける形をとるようにしている
いや、単純に疑問なんだよ
逆に確信に満ちたもの言いをしているかのような君の言葉がさ

なあ、ブログ村でも見てみろよ
僕はそうでもないけれども、聖書から確信に満ちた言葉を吐いている奴らは
腐るほどいるんだ
そして、中には君の主張と正反対のことを言っている奴もたぶんいる
そして、正反対の主張こそが真理だって言っているんだ

腹が立たないかい?
君が大切にしている聖書を使って、妄言を吐かれている気分にならないかい
まあ、僕の気持ちもそんな感じさ
君と違うところは、僕は聖書がそこまで人生の指針では無いから
その点に関しては、腹が立たないけども

だけど、聖書を使って君と正反対の主張をしている人を君はなんて呼ぶんだい
そいつを、サタンと呼ぶのかい
それとも、兄弟と呼ぶのかい
もしかして、君の目にそんな輩は映っていないのかい

福音派やみことば派、超教派や聖霊派にバプテスト派
どいつもこいつも、聖書を根拠に真理を吐きだす奴らばかりさ
色々なブログや色々な人にあっても決まり切った言葉しか出やしない

「私たちは結局、聖書に従っているだけ。本来、教派なんて無いよ」

じゃあ、何だって言っていることがところどころ食い違うんだい
君が絶対的な確信で、真理を語ろうとするのはいいさ
その気持を保つために、そいつを断定して自分の心を強くしようとするのも
なんとなく理解は出来る
だけど、僕らは本当に真理を理解しているのかい?

聖書を使って、真理を会得して広めようとしたときに真っ白な
キャンパスが広がっていると思いきや、そこには既に誰かの絵画がそこにあるんだ
そいつを、躍起になって塗りつぶそうとしてやいないかい

なあ、だけど僕は君が自分と同じ志のところでハレルヤと叫んでいるだけなら
別に、どってことは無いんだよ
誰かを傷つけなければ、君が幸せならいいんだよ

だけどな、その君にとっては何よりも素晴らしい福音が
誰かにとっては毒となり
君にとって、何より喜ばしい証が
誰かにとっては傷となり
君にとって、何気ない一言が
僕にとって絶望になったりするんだよ

そいつを君は「聖書を知らないから」って言うのかな?
もし、そうだとしたらそいつは悲しすぎるよ












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