君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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社会は僕たちの敵じゃ無ければ、味方でも無い

常日頃思うのだけれども、僕たちは社会を自分からは
切り離して考えていやしないかい
社会が悪いだとか、社会が間違っているとか
僕らは受け身で考える
社会を変えなきゃ、社会をぶっ壊す
僕らは社会を責め立てる

まあ、それはそれで本質なわけなのだけれども
でも、僕たち自身が社会だっていうことに僕らは
そろそろ、責任を持たなきゃいけないと思うんだ
特に、僕みたいな若造は特にね

クリスチャン界の間で、たまに聞こえてくるんだよ
礼拝でも聞こえてくるんだよ
「この世は悪いものです」ってね
なあ、君たちはまるで自分がこの世から切り離されているかの
ような物言いを度々するんだよ
だけど、君たちは社会じゃないのかい
クリスチャンが1%ほど混じっているこの社会は君たちじゃないのかい

この社会は敵でも味方でも無い
僕らの集合体だ
そこに、政治だとか、経済だとか、心理的な要素とかを多分に含み
僕ら自身でさえ良く分からなくなってしまう僕たちみたいなもの
それが、きっと社会と呼ばれるものなんだと思うんだ

自分自身が社会だということを僕たちは理解すべきだと思うんだ
後の世代から見たときに、僕たち自身が社会なのだから
なあ、考えておくれよ
君が陶酔しながら、自身の正しさを次世代に教え込もうと
必死な時に、傍らで僕は違うことを呟いている
君は神様に従えと言い、僕は神様に従っていない人間なんていない
なんてことを言っているのさ

一致だなんてまた夢のまた夢と感じてしまうのは
この社会がなかなか変わらないと感じてしまうのは
きっと、それは僕らが手を取り合わないからさ

なあ、僕も大分と考え方を変えたんだ
福音派やら超教派やらが唱える、聖書を自分勝手に解釈して
それを絶対的な正義として人を裁くそのやり方は今でも吐き気が
して、侮蔑すべき対象なことに変わりはないのだけれども、
そのやり方でも君が幸せならばいいとは思ってきたんだよ

そうさ、僕は君を間違っているだなんて言わないよ
僕は、君のやり方や考え方が嫌いなだけなのさ
だから、君も僕を嫌いだと言ってしまえばいい
だけど、僕が間違っているなんてことは言って欲しくないのさ

そう、手を取り合う前の話し合いが君との和気あいあいとした
ものでなんか無くて良いと思うんだ
罵りあおう、存分に
お互いにお互いのことを嫌いだとか、吐き気がするだとか
言いあえば良いんだよ

仲良くするのは、それからでいい
君の手を握ることが出来るなら、僕はそれを離さない
それで、いいじゃないか
なあ、いっちょ対話でもしてみようじゃないか


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