君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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ハッピーがエンドな奴らが羨ましい
君は言うんだ。
「僕は新しく生まれ変わったんだ!」ってね。
やめてくれ、反吐が出る。ちくしょう、胸がむかつくんだ。
なあ、聞かせておくれよ。ずっと疑問だったんだ、僕にとっては。

君が言う生まれ変わったって言うのは、どういうことなんだい。
まさか、これまで自分の人生が失敗だと思っていて、
自分なんていう存在は誰にも愛されないで、矮小でちっぽけで
この世界から排除されているような疎外感を持っていたのに、
神様やら、イエス様とやらに触れて愛を知っただかのことを
そんな風に言っているんじゃないだろうな。

やめてくれ、なあ、やめてくれ。
そんなことは分からないんだよ。
ああ、君はいいさ。幸福が後だから。
ハッピーがエンドに来るやつらが嫉ましくてしょうがないよ。
今まで何をしようが、どんな罪を犯そうが結局のところイエス様が
随分と慈悲深いお陰で救われるような物語は僕には理解できないんだよ。

子供の頃から、クリスチャンとして歩んできた僕にとって
最初から君が言う幸せを享受していたように見えるのだろう。
だけど、君のような劇的な体験なんざ僕は何一つ体験しないままに、
君が言う本来ならば神様を知る前でなきゃ犯さない「罪」とやらに
どっぷりと身を浸けて、自分の体を臭くするのさ。
クリスチャンなのにな。

だけど、僕はそんな程度のことを罪だなんて、これっぽっちも思わなくなって
君の言うことは単なる理想論で、というよりも君が排除されていたから
僻んだり、もしくは自分の正当化を図るために必要以上に攻撃しているんじゃないか
と、僕は君に言いたくなるのさ。

なあ、わかるかい。
君が苦難の末に手に入れた幸せを幼い頃からやすやすと手に入れて
あまつさえも、そんなものに大した価値が無いと言って、君が言う罪の方も
素敵だなんて言う気持ちは。
分かるはずがないだろうさ、僕にも君の気持は分からない。
だって、僕は劇的に生まれ変わったような経験なんざ、キリスト教の
怪しげな啓発セミナーでしか体験したことがないもの。

だから、君が語る劇的に素晴らしい神さまの話なんて言うのは
実際のところ、大麻を吸った時の感想みたいなもので
熱心に喋れば喋るほど、脳内麻薬の良さを語っているようにしか聞こえないのさ
多幸感だけを追い求めたいのならば、大麻を吸ってラヴ&ピースとでも言っていた方が
まだ、害が少ないとさえこの世の人は案外思っているのかも知れないぜ。

なあ、いつまで聖書にしがみついているんだい。
僕たちは聖書が教科書でマニュアルで絶対の書としているさ。
ああ、聖書に書いてあるからあ。
だけどな、あんな薄っぺらい本にこの世の中の何千年だ?
二千年の間に起きた、様々な思想やら哲学やら科学やら魂やら
過ち、希望、信念、信仰、価値観、学問、僻み、妬み、嫉み
その全てが包括出来るだなんて本気で思っているのかい。
思っているんだろうとは、思うんだ。

だけど、価値観を聖書で判断されるのだけは勘弁だ。
ちくしょう。
なんだって、目の前に神さまが現れないのだろう。













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