君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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明日を生きる
君が尊重されるなんてことはあり得ないんだ。
いや、分かっているよ。それがただの僻みだなんてことは。
この社会は、やけに人の心をそれがあたかも意図的であるかのように
簡単に想いや希望を打ち砕くように出来ている。

愛や、友情や、育んできたものがまるで何の価値も持たないかのように
ただ単に、積み上げていく貨幣が絶対の自由と決めつける。
いや、それが資本主義であると僕らは分かっているのに
革命する気さえ起こさず、籠の中で叫んでいる。

なあ、右の頬を打たれたら左の頬も打たせてやろうぜ。
僕たちを侮辱する奴らを同じ土俵に引きずり出そう。
右の頬を打たれっぱなしになんかしてやるな。

そんな風に言った声は所詮は単なる妄想に過ぎないなんてことは
分かっているはずなのに、ちっぽけなプライドでまた理想論を振りかざす。
それが、あたかも絶対的に正しいかのように振りかざすのにすら臆病な僕は
自分もそして君も否定しながら、絶対的な真実を探す振りを続けるのさ。
心の葛藤や、日々の忙しさや、瑣末な本当に瑣末なずの日常の希望に
意思を奪い取られて、日々の眠るふとした瞬間に、やっぱりこの世の中には
希望や平和が必要だなと、優しい笑みを浮かべながら自己嫌悪に陥り、
また変わらない明日へとその意識を向けて眠るんだ。

そんな、頭の中だけの妄想を誰かに垂れ流す日々を送れたら
どんなにか幸せだろう。
だけど、現実にこの社会を作っているのはそうやって自己嫌悪に陥らないように
自分の中にだけある小さな小さな矮小な誇りを必死になって
守っているような奴らばっかりなんだよ。

人の話を聞ける奴っていうのは、きっと自分に自信があるというか
揺ぎ無いというかそういった何かを持っていて、だからこそ
欲求不満やら劣等感を持つ僕はそいつの話なんか聞きたくなくなるんだ。

なのに、なんだってか世界が平和にならない理由が見つからないんだ。
人と人が争いある理由なんて分かるのに。
あいつを殺したいやら、絶対に許さないやらとか、そんな明確なものでなくても
ただ単に、人を傷つけたり壊してみたい願望が、きっと本能で刻みつけられているのも
そんなことは分かっている。
そういったことを振りかざして、結局のところ人間は罪深く、人をただ傷つける存在で
神様やらそういった何かの力を借りなければ救われだないなんて言う君は
一体、どれほど人間のことを知っているのやら僕にはさっぱり分からないよ。

理論を構築して、心理学を解き明かし、貨幣価値から脱却することが出来ないだなんて
一体、誰が決めたのやら。
そんな、世界が起こりうるとしたらきっとどこかの天才やらカリスマやらが
必要になるんだと思うんだ。
残念ながら、僕はその天才でもカリスマでも無いけれども
要は、そいつらが世界に絶望しないように日々を生きていく、と言った
偽善ぐらいは許してもらえるだろうと想いながら明日を生きていこう。












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