君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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Author:一重まぶた
一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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神様も大事ですけど、周りも大事です
こんにちは。
今日も駄文を書きたいと思います。

思えば、クリスチャンと言うのにも二種類あると思うのです。
それは、クリスチャンとして生きてこなかった人がクリスチャンになった場合。
そして、その子供として子供の頃からクリスチャンだった場合。
僕は後者です。

この世の人間関係に絶望して神様の愛に気づいたり
この世がくだらないものに見えて、聖書の語る言葉が素晴らしく聞こえたり
それは、とても良いことだと思うんです
ただ、僕にはそれが理解できないんです

生まれたときから、神様に愛されていると教えられているんです
だから、劇的に価値観が変わるということはありませんでした
まあ、変わってはいるんですけども
そして、それほどこの世に絶望もしていないのです
僕はノンクリスチャンの友達も素晴らしいと思うし
職場の先輩で尊敬するノンクリスチャンの方もいます

そんなものなんです
僕は便宜的に、クリスチャンファースト、クリスチャンセカンドという言葉を使います
ファーストの感動は、僕には分かりません
また、セカンドの苦悩もファーストには分からないと思います
子供心に悩んだ、世間とのギャップ
ファーストは自分で選んだから良いかもしれませんけどね
セカンドはセカンドで大変なものなのです

だから、良いクリスチャンライフとやらを送るには周りの環境が大事だと思います
周りを全て、自分に優しい人で固めるか
同じ価値観の人間だけで、周りを固めれば楽ですよ
だけど、職場ではそうは生きません

なかなか、この世は大変なものです
だからこそ、新しい発見もあります

先日の礼拝で神学生の方が「この世は壊れている」、「働けど働けど虚しいから神様が必要」
だとか言ってました
僕はそうは思いません
働くことに誇りを持っています
この世は素敵だと思っています

ただ、それは僕がセカンドだからかなとかも思います
お互いに歩み寄りたいものです





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この記事に対するコメント
一重まぶたさん、こんばんは。
お仕事お疲れ様です。だいぶお疲れのようですが、いかがでしょうか・・・?


久しぶりにココを訪れてみました。(コメント書いたのは、去年の4月でしたっけ)

>なかなか、この世は大変なものです
だからこそ、新しい発見もあります
「この世」を嫌うのではなく、自分から飛び込んでいき続けることで、人間的に成長していけると私は思います。クリスチャンだって「この世の人間の一人」だから。(過去に、信仰にどっぷり浸かって「この世」のことが疎かになっては何もならないということを身をもって知りましたので)

一重まぶたさん、あまり無理をなさいませんように・・・。


【2009/12/01 01:40】 URL | mikan #- [ 編集]


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