君が生きている
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北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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オカルト
最近ではキリスト教のオカルト化が激しいと思います
「最近」です
なぜ、最近ではキリスト教のオカルトが激しいのでしょうか
その要因として、以前まではオカルトがオカルトではない時代があったということです

例えば、医療
聖書の時代、キリスト教に限らず病気は悪霊が起こすものだとされていました
しかし、実際はウイルス、最近等が原因だということが分かりました
それなのに、未だに悪霊が原因
もっというならば、「霊」が原因だと言うのは、正しいでしょうか

心についても同様です
聖書の時代、脳が心と関わっているということは知られていません
また、脳内物質、外的要因によって心もその有様を変化させることもまた知られていません
しかし、心の問題に至っては、キリスト教の中では容易に「霊」を引き合いに出します
霊的な成長=心の成長
といったようにするのはオカルトです
現代医学への反逆だと言って差し支えないでしょう

そもそも、霊とはなんでしょうか
現在の四次元の世界における物質とは別の何かでしょうか?
それが、物質的な世界に影響を与えることはありません
あるとしたら、それは現象として物質世界に現れます
ですから、霊的な成長=心の成長とはなりません
心は物質世界の支配の中のものです

それなのに、スピリチュアル、悪霊の追い出しなど騒ぐのはナンセンスと言えるでしょう
理由は先に挙げたとおりに科学的に考えてあり得ないからです
それを、また「真理」などと騒ぐのはむしろ神様に対して失礼と言えます
しかし、それを信仰する分にはかまいません
科学も言ってしまえば信仰であるので、自分は違うものを信じるのは個人の自由です
しかし、それを「真理」と言ってしまえばそれは寛容を無くした独善的な態度でしょう
そこまで言ってしまうものを僕はオカルトと呼びます

今、世界がどう創られているのかが解明されてきています
それは神様の創造の業を知ることにも繋がります
しかし、その結果を「聖書とは違う」とはねのけること
それは、神様の創造の業をもはねのけるむしろ背信的な行為と僕は思います

簡単に言えば、もっと勉強しようということです




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【2009/01/02 09:45】 | # [ 編集]


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