君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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それを真実だと思う時
「確信」
僕等は、この言葉をよく使う
何かを確信的に信じるという事が良いか悪いかは知らない
ただ、そうしなければ僕等は生きてはいけない
だからこそ、僕等は何かしらの真実を求める

キリスト教以外でも、友情、愛情、そういったものを信じたくなる
僕だってそうだ
きっと、だれだってそうだろう
じゃあ、僕等はどういうときにそれを真実だと思うのか

それは、同じ感覚を共有したときだと思う
愛する人と、セックスをしたとき
友情を確かめるために、喧嘩をしたとき
共にハレルヤと叫ぶ時
そんなときに、僕等は同じ感覚を共有したと感じる
そして、それを真実だと思う

それが、良いことか悪いことなんかは知らない
だけど、僕等は基本的に二人以上の何がしがないとなかなか確信なんて出来やしない
僕の信仰も、結局のとこと誰かの知識の受け売りさ

僕等は一人で生きるしかないエゴイストなのに
一人じゃ何一つ確信できない
悲しい世界なのか、それとも嬉しい世界なのか
どちらともとれるこの世界

何ゆえに神様は、このように僕等を作ったのか
嗚呼、よく分からない
結局のところろ、生き続ける



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