君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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悲しいは悲しい、辛いことは辛い
ポジティブシンキング、ネガティブシンキング
この二つを提示された時に、どちらを取りますか?
キリスト教会に限らず、色々な宗教、または社会的にもポジティブを取るように教えるだろう

それは、そうだろう
僕もどちらかと言えば、ポジティブシンキングだ
だけど、ネガティブな考え方の人の中にはとても思慮深い人もいる
そういう時は、ネガティブも悪くないと考えてしまう

だけど、今回考えたいのはどちらかを取るのではなくて
どちらも取らない、という選択肢についてだ

事実をただそれだけを受け取る
例えば、恋人と別れたとき
悲しみもう自分には恋など出来ないと思うのがネガティブ
これから、もっと良い人が現れると思うのが、ポジティブ
そのどちらでもなく、ただ「僕は恋人と別れた」と思う

だから、どうしたと言われると困るけど
主観的な、嬉しい、苦しいとは別にメタ的な視点を持つことは大切だと思う
もちろん、ポジティブに考えることは全く否定しない
ただ、色々な視点を持ったほうが人と話すときに気持ちを理解しやすいと思うんだ

そういった視点を持つと、例えば今言ったネガティブ、ポジティブ両方を知ることが出来る
そうったニュートラルな視点って大切だと思うんだ

クリスチャンを見るときも、伝道ばかりしている人を見て賛成、反対の気持ちが湧き上がってくる
だけど、それもまず事実を見てそれがもたらすメリット、デメリットを考える
そして、両方を自分の中で噛み砕いて思考に移す

僕は、これからそうすることにした
ただ単にキリスト教を批判するのじゃなくて、そういう風に見ていく
悲しいことは悲しいままに、辛いことは辛いままに、ハレルヤはハレルヤのままに






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