君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶた

Author:一重まぶた
一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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祈るだけで終わっていないかい?
祈ることは、とても素晴らしいことだ
神様との関係を、密にするとても素晴らしい時間
だからこそ、祈ることに逃げることがあると思うんだ

僕は、このブログを通しても色々なことを言っている
その中で、熱心なクリスチャンの方と議論を交わすこともある
その中の全員では無いが、たまに言われる言葉

「そのことは分からないから、祈って答えを出すよ」

そうして、議論は終り
後日話を聞いて見ると、議論のスタートラインに戻っている
しかしながら、相手の顔は晴れやかだ
堂々と、ハレルヤと叫べるからかどうか知らないが、僕のことなど頭に無いかのように

祈って、答えを出すと言うと大抵は分からないから神様に任せると言う
だけど、僕が言っているのは信仰の根本に関わることなんだぜ?
君の確信を崩そうとして、意地悪な質問をしているんだ

だけど、そういった質問がまるで無かったかのように話す
いつまでもいつまでも変わらずに
そう
いつまでもいつまでも変わらずに

祈って、答えが出ないことを初めから分かってやいやしないかい
僕は君の答えが何であれいいんだ
「君」の答えがなんであれいいんだ
話し合いたいんだよ、結論を出したいわけじゃないんだ
僕の持論を説得させようとしているわけじゃないんだ

道を探したいんだよ
君はもう見つけているというが、僕から見たら穴があるんだよ
それでも、信じると言うのならそれは素晴らしいことだよ
だけど、それを事実として言うのはおかしいだろう?
だって、それは「信仰」なのだから

それなのに、祈って答えを出すというとスタートラインに戻るか
もしくは、分からないことは分からないままにしておく
僕がおかしいのかい?
延々と考え続けている僕がおかしいのかい?

さあ、死んだ時がどうなるのかが楽しみだ
答えがあるのかどうかすら分からないよ



※クリスチャンがイデオロギーに左右されず話し合える場をネット上で作りたいと思っています。
賛同、協力してくださる方はメールをください
hitoemabuta56@yahoo.co.jp



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