君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
プロフィール

一重まぶた

Author:一重まぶた
一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
愛が何かもわからない



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



FC2カウンター



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


完璧しか好きになれない
今回のことは、クリスチャン、ノンクリスチャンはあまり関係が無い
人間っていうのは往々にして、完璧なものしか受け入れない
そして、その完璧は神様が定めた完璧ではなくて
人間が求める完璧
もっと言うのならば、個人が求める完璧
条件と言ってもいいかもしれない

その完璧から、外れている人間の言葉は聞かない、聞こえない
そして、受け入れない
例えば、見た目が爽やかで、言動も爽やか、ボランティアなども積極的に行なっている
しかし、性風俗に通っている
そういう人の言葉を、信用できない人もいる
そういうことだ

どんなに良い人でも、自分にとって駄目なところがあれば全てを否定する
プライドを守るためか、アイデンティティを守るためか
理由は様々だけど、人間ってのは放っておくとそうなるものだ

クリスチャンだったら、ノンクリスチャンの言動を受け入れないこともこれに当てはまる
そう、人間は色々なものを受け入れるのではない
「自分が受け入れる事が出来るいろいろなもの」
それを得ている

つまるところ、自分を否定しない限りそこに成長は無くなるという事だ
自分を肯定できるものだけしか受け入れないということは
今ある自分以上の何かにはなれない

成長したいと言うのなら、自分を否定しなきゃ出来ない
それも、心から
言うなれば、自分に絶望しなきゃ
成長したいと言っている人たちの望むような成長は出来ない
それは、クリスチャン、ノンクリスチャンは関係無いと思っている

存分に、自分を否定して自分に絶望してください
君は確かに価値ある存在だけれども
自分を内なる心を否定するのは、神様か君にしか出来ないんだから
しなければもったいないよ







にほんブログ村 キリスト教・クリスチャン


スポンサーサイト


この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://hitoemabuta56.blog87.fc2.com/tb.php/142-3386ac52



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。