君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
プロフィール

一重まぶた

Author:一重まぶた
一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
愛が何かもわからない



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



FC2カウンター



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


頑なな心
今日の日記は長いです


人の心は頑なになりがちだ
それは、僕にも言えることだし他の人にも言えることだと思う
その理由は様々だと思う
自分の経験、信念、知識
その一つ一つはとても素晴らしいことなのに
周りを拒否してしまうと、とたんに色あせてしまう

僕にも覚えがある
キリスト教にまだ夢中だった頃、周りの意見を聞かずに伝道まがいのことをしていた
「神は絶対にいる」
そう言っていた

だけど、それは間違っていた
神は絶対にいるなんて僕には言えない
僕が言えることは、「神がいると信じている」
そうとしか言えないことに気がついた

じゃあ、なんのために?

頑なな心が溶かされたときに、僕はその答えを持っていないことに気がついた
「神様はいるんだから、それを信じるのは当たり前だろう?」
そんな風にしか僕は自分の信仰を確立していなかった
なんて愚かな人間だったんだろう

それまで僕にとって聖書とは、それまで人生の辞書のようなものだった
どうしたらいいか分からないときに
「ほら、聖書にはこう書いてあるからこうするのが正しいんだ!」
そう言って息巻いていた
この世の価値観を否定し、キリスト教のみが至高の存在だと信じていた

だけど、大学に入り誘惑に負け罪におぼれた時に、僕は聖書じゃ救われてない自分に気がついた
僕はその時、神様を捨てた
お決まりの「神がいたとしても何もしてくれない」そんなセリフを吐きながら

だけど、結局僕はキリスト教を捨てることが出来なかった
でも、それは地獄に落ちるという恐怖感からだった
だけど、そんな僕を救ってくれたのはノンクリスチャンの大学の友達だった
僕は彼らを信頼し、彼らも僕と過ごすのを楽しんでいた

その時僕はふっと思った
彼らは地獄に行くのかい?
僕の心を救ってくれた彼らは地獄に行くのかい?
なんで?
イエス様を信じていないから?

ちょっと待ってくれ!!

イエス様は全人類の罪を背負って死んだんだろう!?
じゃあ、彼らが地獄に落ちたとしたら、誰がその罪を背負っているというんだい!?
僕はそう思った

それから、僕の信仰は一変した
人は死ねば天国に行く
そう思うようになった
だって、そうじゃなきゃ世界は救われない
だって、それが愛ってもんじゃないのか?

そう考えた時に、僕の信仰の理由が確立した
幸せになるために
周りの人間と幸せになるために
僕は信仰を持つ

神様が人間を創ったのだとしたら、きっとそれは素晴らしいものなんだ
愛や友情、優しさや慈しみといった心がどこからくるのか
エゴの形を変えたものとは思いたくなかった
由来が神様で、人間はそれを持っている存在だと信じたかったから
なんのことはない
僕は人を信じたかったから、神を信じることにしたんだ

だけど、それでいい
クリスチャンでなくても、愛がある
愛があれば幸せに生きることが出来る
だけど、僕みたいに考えてしまう人間や、弱りきった人間がいたら声をかけよう
神を信じた方が楽だぜって

だから僕は何者も否定しない
その人を理解すれば、きっと友達になれると思うからだ
否定は拒絶だ、それなら理解して受け入れる
その方が楽しい
おかげで議論で負かしたと思われることがしばしばだ
僕はただ分かりあいたいだけなのにね

クリスチャンでなくても天国に行くと信仰を持った時、僕は初めて人を愛せるようになった
人を信頼することが出来るようになった
初めて心から人に優しくなることが出来た

ここで短歌を一句
「地獄へと、落ちないために信じてる 疲れないかい その信仰は」


にほんブログ村 キリスト教・クリスチャン
スポンサーサイト


この記事に対するコメント
私もあなたと同じ道をたどりました。
伝道まがいのことをしてしまったことを心から後悔してますよ。
若いときは、ただ熱心に盲目に突っ走ってました。
若いときは経験がありませんから、他人の気持ちが理解できなったんですね。
まあ今もそうですが。
今よりさらに未熟で、恥ずかしくなるぐらいです。
一重まぶたさんと同じように、変に物分かりがよくなって、ノンクリスチャンの友達が一番だった時期があります。

ただ、自分の心は変わりやすいものです。
昔はこう思っていたけれど、今はこう思う。
一重まぶたさんもそうですね。
人間の心は変わるものです。

でも聖書は、3500年前に書かれたと言われていますね。
人間はたった数十年でころころ変わるというのに、神の言葉はこんなにも長い間変わってないわけです。
神の目的は人間を創造したときから変わらず、人間を救うことでした。
その目的を、何千年も維持し、2千年前に達成しました。
一つだけ言えることは、人間の中に真実はない、ということです。
【2008/02/29 12:48】 URL | たんぽぽ #- [ 編集]

>たんぽぽさん
物分りよくありませんよ。未だにかみつことしか知りません・・・

人間の心は変わりやすいものです
それゆえに、文化などがあると思うのです

人間が培ってきた、技術、知識、思想、哲学。。。
その全てに意味がないと僕は言えません
【2008/02/29 19:47】 URL | 一重まぶた #- [ 編集]

はい。私も意味がないとは思いません。
科学が発達すればするほど、いろいろ解明されればされるほど、神の創造に対する畏怖の念がわきあがります。
科学の発達は、神をより深く知るために、意味があると思います。

私はただ、人間ってなんて不確かなんだろう、と思っているだけです。
【2008/03/03 14:09】 URL | たんぽぽ #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
トラックバックURL
→http://hitoemabuta56.blog87.fc2.com/tb.php/13-a05e4f71



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。