君が生きている
「君が生きている」 そのことが何よりも大切だと思いたい そのことが愛の形の一つだと思いたい。
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一重まぶた

Author:一重まぶた
一重まぶたです

北海道在住のクリスチャン
しかし、周りとあわせることが出来ないクリスチャンです
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さあ、終わりの始まりだ
僕には最近一つの夢が出来た
それは将来起業することだ
東南アジアの青果市場を独占したい

なぜかというと世界平和のためだ
犯罪の9割は貧困から来るらしい
確かに、その通りだと思う

多分今東南アジアの農業はそんなに発達していないか、誰かが権利を独占していると思う
僕はそれを変えたい

そんなことが出来るのかい?
そうやって、心の中で呟く
出来なかったら別の事をするだけさ

そう、僕の夢は世界平和だ
僕の生きているうちにはなれないかもしれない
だけど、礎にはなれると思うんだ

そうやって考えた時に、僕は一つのことに気がついた
僕はきっと結婚できないな
冒険しか出来ない男だから

家庭が出来たらそれを第一にするだろう
それを言い訳にして

僕は家庭より、夢を追いかけて生きたい


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祈り方を忘れた日
先日母が救急車で運ばれた
具合が悪くなり、病院に運ばれた
僕の目には涙が溢れ、気が気じゃなかった
病院について、母が検査室に入った後は僕は待合室で一人だった

僕は思った
神様、母を連れて行かないでくれ
まだ、連れて行かないでくれ

だけど、色々なことが頭をよぎるんだ
これが神の意思だとしたら
そもそも人間は死ぬものなのだ
ここで母が死ぬのだとしたら、僕はそれを受け入れなきゃいけないんじゃないか?
いろいろな考えが頭をよぎる

祈り方が分からない
そう、今まで祈らないようにしているから祈り方を忘れてしまったいた
だから、僕は漫画の科白を頭の中で自分に言い聞かせた

「抗うな、受け入れろ、全ては繋がっている」

そうだ、母の死を受け入れろ
抗うな
全ての物事は繋がっている
作るんだ、自分を
心から愛してくれる人間がいなくても大丈夫な自分を作るんだ
僕は自分にそう言いきかせた

ある人は、そういうのは神に委ねろと言うかもしれない
だけど、僕は自分でそういう自分を作った
そしてそれが正しいことだと僕は思っている

寂しさ、苦しさ
そういったものからの解放は僕はいらない
それら全てを胸に抱えて生きていたい
そうしないと僕は、優しくなれない
そうしないと僕は、人を愛せない
一番怖いのは、寂しさや苦しさに押しつぶされることじゃない
人を愛せなくなることが怖いからだ

幸い母は何事もなくすんだ
僕は、神様に感謝した
祈り方は分からない
だけど、さすがの僕でもありがとうは言える

神様、本当にありがとう
覚悟はしていても、嬉しい
何よりも母が生きていることが嬉しい
ありがとう
神様、本当にありがとう

あなたから見たら、僕は間違っているのかもしれない
僕は自分が正しいか、間違っているかすら分からない
だけど、僕は人の幸福を望む
誰一人、否定したくない
全てを肯定したい

だから、神様
母が召されて、僕も召された時
僕が間違っているかを教えてください




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愛している
僕はあまり神に祈らないようにしている

その代わり、よく考える

なぜ、神様は人間を創ったのか
なぜ、神様は人間を愛すのか
人間とはいったいどのような存在なのか

僕はそれを考えるようにしている

だから、全てを捨てて神の教えに従うという考え方に反発を持ってしまう
神の教えは、聖書らしい
だけどそれは本当なのか?
極端な話をすると聖書の中には、言うことを聞かない息子は殺せと申命記に書いてある
だけど、クリスチャンでこれを守っている人はいない
イエス様が新しい律法を与えてくれたからだ

だけど、クリスチャンは聖書の都合のいい部分だけをとってそれを使う
結婚前にセックスをしてはいけないというのはその最たる部分だと僕は思う
聖書の中で、結婚前の中でセックスを禁止している箇所は唯一つ申命記
そう、言うことを聞かない息子は殺せと言っているあの申命記である
それにはこう書いてある

 申命記22章13-21節(以下はその抜粋)
  「人がその妻をめとり、彼女のところに入った後にこれを嫌い、虚偽の非難をして、彼女の悪口を流し、「わたしはこの女をめとって近づいたが、処女の証拠がなかった」と言うならば、その娘の両親は娘の処女の証拠を携えて、町の門にいる長老に差し出し……〔中略〕……布を町の長老たちの前に広げねばならない。町の長老たちは男を捕まえて鞭で打ち……〔中略〕……罰金を科し、それを娘の父親に渡さねばならない。……〔中略〕……しかし、もしその娘に処女の証拠がなかったという非難が確かであるならば……〔中略〕……町の人たちは彼女を石で打ち殺さねばならない」


読めば分かるとおり、女性の人権なんて見えない
そう、この箇所はただユダヤの純血主義を守るためのものだと僕は思っている
それ以前に、同じ箇所の教えを守らずになにが聖書主義だと僕は思ってしまう

だけど、クリスチャンは平気な顔で性風俗の人間を非難する
彼女達がいなければ、性犯罪が爆発的に増えることも反対する
そして、しっかりした体制がなければ病気が蔓延することも分かっていないのだ

僕も性風俗の存在を「良し」とする気は無い
だけど、それは今の時代必要なもので
決して「悪」なんかじゃない

性風俗がなくなればいいと思うのならば
性風俗を撲滅させるより、どうやれば人類が性風俗なしで生きていけるのかを考えるべきだ
全てを捨てて神の手にゆだねる?
それは思考停止だ

神様は僕等に考える力を与えてくださった
僕等は考えるべきだ
どうやれば、僕達は神様に近づく事が出来るか
どうすれば、この世が天国になるべきか
生きとし生けるもの全てが、慈愛と幸福に満ちた世界がどうすれば出来るのか
僕達は考えるべきだ

数学も物理も哲学も芸術もなにもかもがそのためにある
それは解明されただけでは、ただの現象だ
そこに愛があり始めて意味を持つ

全てを理解しよう
そして、すべてを愛そう
僕等が真の愛を知らないというのならば、真の愛を知るべきだ
そして、それは深い理解により成り立つ
相手のことを理解すれば、そこに必ず愛が生まれる

君の幸福を願う
僕はそれが愛だと思う

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