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人を壊すための技術 |
以前も書いたが、僕は合気道をやっている やり始めたきっかけはただ強くなりたかったから 地下鉄を歩くときに、不良にびびりたくない そんな程度の思いだった
そうして、合気道を続けていくうちに僕は強くなった 人の効率的な投げ方 壊し方 力加減 それらが、人より分かるようになった うぬぼれではなく、それは確実に
現に、僕は練習中に相手の指を折り 試合中に相手の鎖骨を折ったことがある そして、僕自身も練習中に二回じん帯を切る怪我を負わされた
こうやって、相手を壊す術を学ぶのは神様の目から見たら愚かなことなのだろうか 個人的には、そうは思わない
人を投げたり、壊すためには人の体を理解しなきゃ出来ない そして、表情、体の動きから人の思考を理解しなくちゃならない
奇妙な話だけど、相手に勝つためには相手を理解しなきゃいけない ただ、闇雲に相手を否定しようとも人は投げることが出来ない 人を壊すことが出来ない
僕は、優勝をしたことがある そこにあったのは、少しの満足感と飢え渇き
もっと、「強くなりたい」 その想いが大きかった 勝つためではなく、ただ強くなりたい
そう、強いとは理解すること 理解するということは受け入れること
それが、強さの本質だということに僕は気がついた 武道の本質はそこにある
人を壊すための技 それは、ただ壊すためだけに存在するのではない なぜ、この世に武術が存在し今も受け継がれているのは 本当の強さを手に入れるため 少しでも、神様に近づくためだということだと 僕は思う
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誰もが皆、王 |
僕等は奴隷だ 誰もが皆、神様の奴隷だ そう、思っている イエス様も、自ら奴隷になられた 僕等もそれに見習って、奴隷になるべきなのか
この世界は美しい 何よりも美しい 雲、海、空、木々 神の御業が表れているその全てが美しい
だけど、なぜ人間だけが、醜い面を持っているのだろう 楽園を追放された僕たちが 生きている間に 愛を見ることなどあるのか
人は死んで完成する 不平、不満、文句を言わず その身を、神様が創った世界に惜しみなく与える だけど だけど、それでいいのか
生きている間はうたかたの夢か 意味は無いのか 人を愛するためには 人の愛とは そんなものがあるかないか
誰かを愛して、誰かを愛さない それは差別だ 誰もが、皆全ての人を愛する事が出来れば
誰もを等しく愛する それは王にしか出来ない イエス様しか出来ない
だから、皆王になれば
この世は天国になるはずなのに
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伝えたいことが多いわけじゃない |
ブログランキングが上がりました 秋葉原の事件を書いた辺りに、異様に上がりました そうすると、人は欲を出すもの どうやれば、ランキングが上がる記事が書けるかなんてことを考えてしまう
いつも同じことを言っていたら飽きられるな それとも、またニュースか何かを取り上げるか そんなことを考えていました それがどれだけ愚かなことかを知っているはずなのに
僕が伝えたいことなんて、そう多くは無い 互いに愛し合おう その「互い」に必要な君が生きていることが嬉しい
僕が言いたいこと、伝えたいことはそれだけだ
ランキングに気をとられて、大事なことを忘れていた そのために既存のキリスト教を批判もする そのために必要な知識をひけらかしたりもする そのために更新もしたりする
だけど、伝えたいことえを伝えることができなくちゃ何の意味も無い このブログをはじめた気持ちを久しぶりに思い出した
だから、改めて言いたい
君が生きていることが何より嬉しい 君が生きていることが何よりも素晴らしい
なぜかって? 互いに愛し合う可能性があるからさ 無理かもしれない、無理じゃないかもしれない
だって、そうだろ? クリスチャンにだけ愛したいという気持ちが湧き上がるはずが無い クリスチャンにだけ憐れむ気持ちが湧き上がるものなのかい
僕等は単なる人間 愚かで罪深く、なかなか反省が出来ずに 神様の想いすらさっぱり知ることが出来ない
だけど それでも、愛し合おうとするその姿に何よりも美しさを見るのさ
そう、何回でも言おう クリスチャンだけの一色の世界 そんな世界に僕は美しさを見出せない 僕等にとって、色がばらばらで散り散りに見えるその様も 神様から見たら、一枚の美しい絵に見えるはずさ だって、その絵を描いたのは神様なのだもの
互いに愛し合うために 互いの範囲をせばめないために
僕は、問い続ける 愛とは何か 互いとは何か 神様の想いとは何か
そうして生きていく それが、とてもとても楽しいんだ
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友に向けて、何かを言いたい |
幸運なことに、僕には友達がいる 気の置けない友達が何人もいる それは、とても嬉しい
しかし、その友達全員と心からの信頼関係が作れているとは言えない 昔は、心から親友だと思っていた人と疎遠になっていることもある 今まで友達だと思っていたのが、何を持ってして友達と言うかを忘れてしまったこともある
裏切ったり、裏切られたい 理解したり、分からなくなったり
結局そんなことの繰り返し そんなことは、10代にさよならしたあたりぐらいから分かっていて 別にこれといって、取り上げることではないのだけれども
やっぱり、少し悲しくなる 友達と心からの信頼関係を作りたい でも、そんなことは無理だと分かっている
だけど、そうやって世界の断絶を知りつつ交流をしようとするのが僕は好きなんだ
思想が違うから、疎遠になりたくない 感覚が違うから、遊べないのは苦しい 金が無いから、一緒にいられないのは嫌だ
だけど、それでもなお友達だと言いたいよ
一度あったら、友達で 毎日あったら兄弟さ
「NHKのお母さんといっしょ」でそんな歌があったな 人間関係なんてそんなものさ
友達に何か言いたい 遊びに行こうよとか 今何してる?とか
そういうことじゃなくて 何か、もっと大切な一言を言いたい
それがなにかはまだ分からないけど
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僕が居なくても歴史は動く、そんな嘘に騙されるな |
この世の中で、自分が無価値だと思ったことが何度もある 自分がいなくても、世界は正常に回っている 自分は未来に何の影響も及ぼさない そんな嘘に騙されていた
過去の人物が、もし少しでも別の行動をしていたら僕は生まれていなかった 全ての人が想いのままに生き そして死に 何億という想いの結果、僕等は生まれた
次の担い人の僕等も同じだ 僕等の結果で未来が全く違うものに変わる
だから、僕等の存在は決して無にはならない 僕等が生きていること自体が、未来に影響を及ぼす
ハレルヤと叫ぶか、神を呪うか それだけで、未来は全く違うものになっていく
それならば、どうせなら良い方向に未来を変えたい 小さすぎる想いでさえ、時に奇跡を起こすことが科学的にも立証されている 散逸構造論が希望を与える
だから、少しでもこの世界が良くなるように祈りたい 未来を創るのは、まさしく僕等なのだから この、神様に与えられた自由意志が未来を創っていく
それはまさに神様が世界を創っていくに等しい 嗚呼、そうか 僕等は世界を創る権限を与えられているのか だから、皆神様の一部なのか
人も石も動物も木も全てが世界を創っていく なるほど、通りで世界を見たときに神様の姿が見えると思ったよ
悲しいけど、良い世界だ 信仰と希望と愛さえあれば、なんとか生きていける気がしてきた
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